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クソ野郎と美しき世界

最近、やっとSMAPのいない世界に慣れてきた。SMAPは私の中でビートルズのような過去の存在になりつつある。心の空虚な部分を認めることは寂しいけれど、少し落ち着いた気もする。
ジャニーズ事務所との契約が切れたら3人はそれぞれソロとして活動するのだと思っていたから、「新しい地図」が発足して戸惑った。なぜSMAPを引きずるようなプロモーションをするのかわからなかった。
3人が一緒にいるとSMAPの3人にしか見えないし、歌声だってSMAPのベースになるユニゾンだし(癖のある声と癖のある歌い方が足りないけど)、なんといっても次々に発表される新曲の曲調はまんまSMAP。
SMAPに近いけれどやっぱりSMAPではないから少し戸惑っている。SMAPを彷彿とさせることはしないでくれ、とは思わないけど。やっぱり2人がそこにいないことをどうしても考えてしまう。寂しいような、少し苦しいような。

この映画が発表された時もそんな気分だった。あらすじ?が発表されても内容がよくわからないし、ただの安っぽいアイドル映画だったらどうしよう、という不安もあった。
そして迎えた公開から2日目の稲垣吾郎さん舞台挨拶。久しぶりに見た吾郎さんは相変わらずスラリとしていて明るくて、ファンには微妙にSで、でも前よりストレートに親しみや信頼を表現してくれて、そんなところが更に魅力的になってた。やっぱり私はこの人のファンだなと実感する。



Episode1「ピアニストを撃つな!」(監督・脚本 園子温)
愛を知らないモテモテのピアニストが、突然出会った女の子に恋をした。だがその子は元ヤクザ?のコワモテ男の想い人。捕まったピアニストはその指を叩きつぶされてしまう……のか!?
クラシック音楽が流れるくっきりした派手な色あいの中、いきなり始まったゴロー氏のシャワーシーン。動揺が隠せないわたくし。背中に筋肉が適度についていて、ガウンを羽織る背中までお美しい。
いかにも主役然として「僕がみんなを振り回している」とのたまうゴロー氏だが、結果として振り回す側よりも振り回される側のほうが人生の主役になることが多いのでは。
大門の嗅覚といい、ジョーの感応度といい、でんでんさんの「俺の股間に隠れな」といい、男性全員の変態度すごいww
女性は全員良いおっぱい。ありがとう。
知的理系女子スプツニ子!博士のおっぱい、サブカル文系女子マコちゃんのおっぱい、そしていろいろ柔らかめ直情系女子フジコちゃんのおっぱい。「ゴロー!」と叫びながら腕を広げてミニスカとブーツでひた走るフジコちゃんはいろんな意味で最&高。
出てくる女子(カンナ姐さん含む)は吾郎ファンのメタファー説があるけど、そしたら私はマコちゃんで。「走れメロス」「団鬼六」とつぶやきながらどこまでも追いかけたいが、対象はあくまでも物陰から見ていたい。ソフトストーカー体質か。
観客の予測が追いつかない園ワールドを、心地よく体験させてもらった感じ。
ジョーのマウスピースが外れる音とか、フジコちゃんの背中でピアノを弾く音とか、やけに生々しくて好き。
あと映像があちこち印象深い。ゴロー氏がこっち(カメラ)を真っ直ぐ見つめて連呼する「愛してる」や植物園の蝶のシーンはもちろんのこと、祭りのシーン、大門が部屋であばれるシーンとか、フジコちゃんを追いかけてコワモテな男どもが階段を駆け下りるシーン、ジョーが3段抜きぐらいで飛ぶように降りるところとか、いろいろ何か変だけど確実に今まで見たことがない光景だ。どのシーンもシャッターチャンスといってもいいほど美しい。
犬の1千倍の嗅覚、他人の痛みを感じる共感力、わき目もふらず愛する人めがけて突っ走る直情…それぞれの個性は本来長所であるはずなのに、強すぎて欠点にもなってしまう。だが、個性は他人から評価されてもされなくてもただそこにある。
初めて知る「他者の存在」と自分の中の「愛」という感情に戸惑い、苦悩し、クルッとターンするゴロー氏は「僕がみんなを振り回している」どころではない。むしろあなた、「愛」に振り回されてますよ、大事な人生(指)を引き替えにさせられようとしてますよ。
園監督の俎上に載るということは、役者としての勘が特に必要なのではないかと思う。脚本と実際にできあがる映像の間にはかなり幅がありそうだ。シーンを作り上げる際に、監督のイメージ通りの演技ができない役者はたちまち振り落とされるだろう。役者・稲垣吾郎さんのバランス感覚や強さ、今までの仕事の中で勝ち得た実力と勘を実感した。
これはやりがいのある監督に見込まれましたね吾郎さん。じっくりと2時間作品で料理される吾郎さんも見たくなりました。ぜひ同じキャストで、イカレた役でお願いします。
追記。大門の「ぶっ・こrrrrrろす」の言い方大好きすぎる。←


Episode2「慎吾ちゃんと歌喰いの巻」(監督・脚本 山内ケンジ)
無断で道端のコンクリート壁に絵を描いたら迷惑防止条例に触れるので、歌を歌えばいいと言われたアーティスト・香取慎吾(役名)。だが、いざ歌おうとすると声が出ない。傍らには腹を抱えてうずくまる女の子。彼女は歌を主食にして生きる『歌喰い』の少女だった。彼女が歌を食べるとその人は自分の歌であっても歌えなくなる。歌を元に戻す方法を探る慎吾と歌喰いの話。
SMAPの過去と現在のメタファーが盛り込まれており、あちこちで心がチクリと痛む。こういう話を求めていたわけではないが、彼らの現状を消化(昇華ではない)することでSMAPサーガの新たな1ページが始まるのなら、それもいいかと思い直した。
慎吾の絵は鮮やかだが、映像が全体的に彩度を少し下げてある気がする。室内と夜の話なので、エピソード1での派手な映像に慣れた目に心地よいww
歌喰い役の女の子に透明感があって、どんなシーンもセリフもあっさりと夜に溶けていく。無愛想だがちょっと天然ちゃんなところも可愛らしく、保護欲がかきたてられるのがわかる。
慎吾の顔は仏陀像に似ている(特に東南アジア・アンコールワット的)と常々思っていたが、このショートフィルムでは特にそれを感じた。表情が静かだからだろうか。声もポツリポツリと雨だれが落ちてくるようで落ち着く。慎吾だけで完結した部屋に初めて入ってきた、歌喰いという生物は人間とは別の欲望を持つ。互いに性欲を持たず、食欲は異質で、ただ静かに睡眠欲だけを共有する。このシーンがとても好きだ。
家出少女をSNSで誘って泊める代わりに関係を求めることは社会問題になっているが、この作品を見ながらそこらへんの際どさを全く感じない(頭ではわかっているが)のは、慎吾くん(俳優名)のキャラクターによるものが大きい。彼は体がエロいと思うが、ベタつかないというか湿度が低い感じは以前からあって、その湿度の低さがありふれた男女のあれこれを想像させない。現実の前提すら観客に思いつかせない、という感じ。さすがパーフェクトアイドル。
香取慎吾(役名)は絶望している。というか、絶望を潜って諦念の末にこの世界で意味もわからず生きている、という目をしている。冒頭、歌喰いを誘う普通のサラリーマンおじさんとは間違いなく別の世界に慎吾は住んでいる。
『どうせ人間は(男は、女は、老人は、子供は、等々)そんなもんだろう』と分かったようにレッテルを貼る世間の雰囲気へのアンチテーゼ。慎吾ちゃんが発する「君は」という言葉は真っ直ぐに相手に向いている。
彼が聖なる存在だからではなく、期待と絶望を繰り返してきた人間だからこそ、エンタメを消費するだけの人外(歌喰い)とも対話できる。
歌喰いの、インプットとアウトプットのいびつな対称性も気になった。創造物を消費するだけ、自分では何も創造しない共生関係(いや、寄生か?)は、大きく見れば芸能界に付随する様々な組織や機関、ひいてはファンという消費者の存在まで行き着く。
顔の見えない集合体にどこまでもつき合うのがテレビの申し子としての宿命なのだとしたら、彼の本体は映像の中にこそあるのかもしれない。そんな人、今までいなかったのではないかな。後にも先にも、種として自分一人しかいないことを自覚している男。
それでも慎吾は日本の街で、大勢の人に囲まれながら生活する。
絵だけが彼をこの世界につなぎ止めているようだ。
あと、歌を喰われて自殺しようとする尾乃崎紀世彦(歌手)と死んでほしくなくて身もだえるマネージャーのシーンが凄かった。二人の感情がぶつかり合って笑いそうになった。悲壮すぎて面白い、見てる自分のツボが刺激されて、どうしろというんだ!という気持ちに。もみあげvsNOもみあげの真剣勝負だった。


Episode3「光へ、航る」(監督・脚本 太田光)
妻に美人局をさせている元ヤクザの男。夫婦は誰かに移植された息子の腕を探している。彼らはニュースで、その当事者らしき少女が誘拐されたことを知り、沖縄に向かう。
唯一、起承転結がはっきりした話。
短時間で結果を描こうとしているので、説明セリフが長くなりがち。しかも「文春砲」「オスプレイ」などの単語が話に関係ないのに飛び込んできて、どうしようもなく浮く。入れ込みたいなら小説か長編映画でやってほしかった。前半の暗い映像も相まって、引っかかるセリフが息苦しい。おまけに他の話と違って謎がないし、タイトルがオチのような部分もあるから、何度も見てると退屈してくる。脚本のシェイプアップはすべきだったと思う。
この作品を短編映画として成立させているのは、主演2人をはじめとする役者の力だ。表情、声、動き、長いセリフに感情を乗せられる演技の凄み。
冒頭、オサムが裕子に暴力的に接しようとすると彼女は底知れない悲しみと激情を爆発させる。それに触れた時の、オサムの怒りと当惑と意地、そこに鏡像のように彼女の悲しみが加わって表情を流れていくのはゾクッとするほど魅力的だ。この2人のガチ夫婦勝負はまた別の形でぜひ見てみたい。
映像はとにかく美しいので、かなりのこだわりを持つ監督なんだろう。2作目の長編映画に期待したい。


Episode4「新しい詩」(監督 児玉裕一)
ダンスホールに集まった登場人物たち。ゴローはピアノを弾き、慎吾ちゃんは歌い踊り、オサムはボールを追いかける。
なるほどこれは豪華で鮮やかな夢の世界。まさにエンターテインメントのショータイム。
途中でいくつかの謎が解き明かされ、ストップモーションの大団円。
……とはならない。

オサムが大門に依頼して誘拐犯の居場所が突き止められたのは分かったけど、オサムがジョーに電話したのはまさにフジコちゃんを追いかけてる最中なわけで、ゴローをとっつかまえて云々になってから沖縄に飛んでたとしたら大門の指に矛盾が生じる。何か見落としてるところがあるんだろうか。それはどこだ。2回目観賞の時には何を確認すればいいんだ。
謎が謎を呼んでるんだが、えっもう終わり!?
Episode4からすぐエンドロールになるので、1回目は自分の考えに没頭しすぎて更に新しい謎が含まれてることにも気づかなかった。
歌喰いの後ろで地球に近づいてくる隕石、右手で電話を持って歩いているゴローと映らない左手、一人煙草を吸うフジコ、など。隠喩だらけの(ように見える)エンドロールは何を示しているのか。
とはいうものの、宇多丸さんがラジオで苦言を呈したように、この映画はCM的な作りをした「新しい地図3人のPV」的な側面も確かにあるのだろうし、あまりそのあたりを深く考えなくてもいいのかもしれない。
彼らと周りのスタッフは間違いなく精力的に前に進んでいる。そのための1つのマイルストーンならば素晴らしいじゃないか。


「ワルプルギスの夜」と呼んだSMAP公開謝罪の夜、私はあの5人の姿がとてもショックで、その後に続いた真の解散報道や事務所退所報道よりも心に残っている。また揃ってSMAPとしての活動ができるなら嬉しいけれども、あの姿を再び見る可能性があるぐらいなら再結集などしなくてもいいと思っていたほどだ。
だから、3人それぞれの舞台や映画、CMや、ブログやYouTubeや展覧会などのアクションの告知が降り注ぐ日常が訪れるなんて、あの頃にはとても想像できなかった。とりあえず、今SMAP再結成は無いことなのだろうし、それはとりあえず心の隅に追いやっておこうと思う。
彼ら6人それぞれが光の当たる、高みに続く場所で活動していてくれればそれでいい。ただ、どうか心身共に健康で、心地よく過ごしていてほしいと祈っている。

とはいえ、タロット占いで「いつかはまた距離が近づく」カードが3回続けて出たのも事実。
心の準備だけは怠りなくしておくつもり。


クソ野郎と美しき世界

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「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013・アメリカ)

「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013・アメリカ)
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アングラな音楽業界でのみ有名なアーティスト・アダムは、経済破綻した都市・デトロイトに住んでいる。悲観論者や不景気な情報の影響でも受けているのか、彼はちょっと抑鬱傾向。モロッコのタンジールに住む恋人・イヴは、そんなアダムを心配してデトロイトにやってくる。
何千年?も生きている吸血鬼の彼らは、各都市でO型RHマイナスの血液をなんとか調達し、事件化しないように慎み深く生きている。
愛を確かめ合っているアダムとイヴの前に、イヴの妹・エヴァが現れる。過去の反省もなく自由奔放に振る舞うエヴァに、2人は不安を覚えるが……。



恥ずかしながら、初・トム・ヒドルトンでございます。初トムヒがこの作品で感激しております。
繊細で聡明で無愛想で、死なないくせにアンニュイに悩んで憂鬱にぐちぐちしちゃって木製の弾丸とか作っちゃって恋人とラブラブなリア充のくせにウザ(以下略)。
そのエロい体で枯れたふりしてるところにちょっとイラッとしながらも本気で怒る気にさせない男。ピッタリすぎて恐ろしいわ。
恋人のイヴ役のティルダ・スウィントンがまたスレンダーでエロくて清潔でしかも知的でなんなのいったい!(机バンバン)
前作「リミッツ・オブ・コントロール」で、アートや科学などの“良きもの”たちを脅かす利権や暴力の存在と、それらを鮮やかにやっつける殺し屋=ユーモア&想像力を描いた監督だが、今回は“良きもの”が2人の姿形に集約されている。
アダムが音楽(感性)、イヴが知識(書物)を具現化したものという抽象的な意味だけではなくて、絶対的な美しさで表現している。
アダムの吸い込まれそうな暗い視線とか、イヴの好奇心と知性溢れる瞳とか。
親密さ、尊敬の愛。役割など相手に求めない。生活のためや義務感抜きに、身も心も優しく委ねられる関係っていいものですね。微妙に寝相悪いし(笑)。
黒い皮手袋と白い絹手袋のように、混ざらずに寄り添う、真の理解者同士。
無理だもの。どっからどう見てもこの人たち普通じゃないもの。
人間が踏み込んではならない領域というのはきっとある。2人からそんなオーラ(←これも陳腐な表現だが)を感じる。



けれど、アダムの愛するもの(楽器、レコード、歌)にしたって、イヴの愛するもの(科学的知識や世界各地の書物、戯曲や詩)にしたって、2人が遠距離恋愛するためのネットにしたって、結局人間が作ったものであるという皮肉。
更に、彼らを生かすものが人間の血であるという事実。
2人はダンスで回ったりするけど、それはただの“回ってるふり”にすぎなくて、人間が生まれて成熟して何かを生み出し死んでいくダイナミックな円環には永遠に加われない。
彼らは横目で人間の生から死までを眺めているしかない。まるで旧い遺跡のように。
人間がなんだか羨ましくて、同時に興味深くて、彼らは都市に住むことをやめないのではないか。もちろん、血液を手に入れやすいし行方をくらましやすいから、という名目はあるとしても。
合理的な彼らには、人間が時々誤った道を選んでしまうのが理解できないだろう。秀才たちが理論をこねくり回してデトロイトを破綻させたことも。
ガリレオの地動説、ニコラ・テスラの交流電流、ダーウィンの進化論などへの懐疑を目の当たりにして、人間に侮蔑を感じたとしても、吸血鬼の彼らは圧倒的に少数だ。



知的な生活を静かに充実させている彼らのもとに、若さとエネルギーとインモラルを発散させている妹エヴァがやってくる。
彼女は諦めない。
行きたい場所には行けばいいし、やりたいことはやればいい、血が吸いたいなら吸えばいい。
文化や知識といった「生」に直接関係のないものごとを生活のよすがにしているイヴとアダムは、彼女の生々しさや欲望を抑える理屈を持たない。
エヴァ役のミア・ワシコウスカがワガママで遠慮なく、でもそこが可愛くて、体のラインの全てが引き締まってて丸くて、閉じこめきれない若さがどうしてもはみ出しているような、健康的なエロさ。
たぶん妹を見るイヴみたいに、渇望と諦めを含んだ視線で私もエヴァを見てたと思う。
おまけにこの子、すごく魅力的な声をしている。低い声とコケティッシュな声、微妙に二重のような。耳に引っかかりながら心地よい声。
イヴは妹に大甘だし、もとが人生肯定派だから将来の見通し甘いし、アダムは怖い顔で「嫌だ」と言った後に運転手しちゃうし(笑)。
アダムって基本的に“まきこまれ系”なんだよね。悲観的で頑固だけど押しに弱すぎる。



ジャームッシュ独特のユーモアがちょこちょこ挟み込まれてるんだが、微妙すぎて1回観ただけじゃわからない。
押しに弱いアダムもそうだし、
トランク2つの中身が満杯の本って、イヴどんだけ力持ちなのよ、だし、
音楽業界の男の血なんて汚れたもの飲んじゃってもうこの子は、って注意点そこですか?な話してるし、
死体を挟んで、まるで「この粗大ゴミどうする?」みたいな困ったふうだし、
何よりアダムとイヴがこの容姿でなかったら、これだけ幅広い知識を持っていなかったら、エヴァの言うとおり、浮き世離れしたいけすかないサブカルカップルだ(笑)。
旅という名の移動を繰り返しながら居場所を求めたり、人間を「ゾンビ」と呼んで蔑みながら切実に血を欲したり、人間並に矛盾だらけな彼らもやっぱりこの地球に生きている。
合理的ですべてがきちんと整理されたアダムとイヴはたぶん、そのままでいたら枯れていくしかない。
彼らに混乱をもたらすエヴァの存在は、生命力そのものなのかもしれない(ただし夜の女神として)。
そして新しい場所で、アダムは新しい音楽に出会い、イヴは知恵で方向を決める。



エヴァが現れて、2人のラブラブな生活を混乱させるまで、アダムとイヴの服は黒と白だった。
エヴァとイアンの事件が起こってから、ジャケットの中にイヴが赤い服を着るようになる。
タンジールに戻ったイヴとアダムの目が疲れきって、妖しくギラギラと光る。さらに、マーロウの死によって彼女がすぐにでも決めなければならない事情が加わる。
量子力学という美しい理論と、飢えと、再び目覚めた旅という名のビートと。
音楽や映画や知識を携えて、文化だとか文明だとかほざきながら、「何かを残したい」と渇望する。そんな無様でちょっとピントのずれた生しか残されていないのか。
もう若くない自分と、それでも生きていく現実と。
それでもいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、エンドロールで少しだけ泣いたが、その涙はあまりウェットではなかった。
音楽や知識そのものではお腹が膨れないんだもの。仕方ないじゃない。



(おまけ)アダムの目がほら穴のようで、まるでチバユウスケやアベフトシみたい目だなあとか思ってたら、パンフレットでチバの映画解説きたーーーー!!
すげー嬉しい♪
あと、ヤスミン?ていうモロッコの女性歌手がとても良かった。DVD買ったらまず彼女の歌声を聴いて、それからイヴが選んだ日本語っぽい本を確認することにする。

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「リミッツ・オブ・コントロール」(2009年・アメリカ)

ずっと昔に書いてアップしてなかった。
ジャームッシュ監督の新作、「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」がいよいよ来月公開なのを記念してUP!
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「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD」(2013年・日本)

1987年8月22日から23日にかけて、熊本アスペクタでオールナイト開催された野外ライブイベント「BEATCHILD」。
そのバックステージから観客の様子、ライブステージまでを収録したドキュメントフィルムで、今回の映画館公開のみらしい。DVDも発売されないというので、これは観に行かなければならない。
当時の最高のアーティストたちが集い、東京からもツアーバスが出ていた。迷った末に私は断念したが、元春ファンの友人が何人か参加していた。うち一人は、雨に打たれて具合の悪くなった人と一緒に救護ブースに行ったら、次々運び込まれてくる観客ですごいことになっており、手伝いせずにはいられなくて最後の佐野さんしかロクに観られなかったという伝説のイベント。斜面の上からは靴が何足も流れてくる状態で、早朝イベント終了後は山を降りたところにある小さな靴屋さんに頼み込んで店を開けてもらい、あっという間に靴が売り切れたという。
ビートチャイルドの伝説はリアルタイムで知っていたが、映像を観たことはなかった。



リハーサルの様子から映画は始まる。
青い空、雲が近くに浮かんでいる。
美里さんの隣にギターの佐橋さんがいる。まさか後に佐野さんのバンドに入るとは。まさか自分が梨園と繋がることになろうとは、想像もしていなかったに違いない(当たり前)。
尾崎豊くんがリハーサル中「次、佐野さんだよー♪」と嬉しそうに笑う。いい奴。
当の佐野さんは、真っ直ぐ前を向いて歩く。今と同じ、曲がり角でいつも最短距離を行こうとするみたいな歩き方。
リハーサルが終わるとお客さんたちが次々と入場してくる。
そうそう、携帯電話とかなくて(金持ちはデカイの持ってた)、緑の電話で連絡とるしかなかったんだよね。別に不便でも寂しくもなかったし、元春ファンの友人とも出逢えてた。各地のライブ会場で、友達の友達がどんどん繋がっていった。
ここらへんでナレーションがちょっとくどく感じだす。なんかウェットすぎる。もっと最小限に、ドライな、淡々とした、NHKのドキュメンタリー番組みたいにしたほうが良かったのに。「裏切られることによって、心は、魂へと変貌を遂げる」みたいな。なんですかそれ(笑)。



【THE BLUE HEARTS】
ヒロトさん細すぎます。前から思ってましたけども。ちゃんと食べてるんだろうか、ぐらいの細さ。
ブルーハーツ初の武道館公演は、私の初武道館経験でもありました。文字通り武道館が揺れてました。2階席の上のほうだったんですが、急な席から誰も転がり落ちなくてよかったです。
曲が流れてくれば口ずさめる。やっぱ好きだわ。



【RED WARRIORS】
シャケさんかっこいいっすね!
ユカイさんは今でこそパパタレみたいになってますが、こういう人なんですよー。
ステージ袖から青いアロハに着替えたヒロトさんが楽しそうに見てました。



【岡村靖幸】
私はハマらなかったんですが、周りの元春ファンがこぞってキャーキャー言ってたのを覚えてます。
ペパーミントグリーン(?)のスーツに王子様的ふあふあのブラウスに黒いサスペンダー、よくわかりませんがやけに似合ってます。
雨に濡れ濡れでなかなかエロかったっす。お尻の形ときれいな二重瞼ばかり見ていてごめんなさい。
ふてぶてしさと繊細さが同居しているような、ちょっと危ういアーティストです。



【白井貴子&CRAZY BOYS】
あまりの豪雨に急遽リズム隊を覆うテント設置。
ウェストの後ろがボンデージになってる白いミニスカートが可愛いっす。
テントから出ているギターとベース、音が出なくなってステージ中断。スタッフ大混乱。
一人ぼっちで繋がなくちゃいけなくなった貴子姉さん、観客を気遣いこの映画のサブタイトル叫ぶ。
楽屋ではスライダーズの蘭丸とハリーがモニターをじっと見て、自分たちのステージをどうするか、打ち合わせたりしている。
この時代イヤモニはなかったから、足下のモニターがぶっとんだら自分の声が聞こえなくなる。貴子姉さんすごいっす。いつも困ったような顔してるけど、男前っす。



【HOUND DOG】
わかりやすい男らしさアピールは苦手です。特に男が好きそうな男らしさね。
山の斜面に大文字焼みたいな要領でイベントのマークが描かれる。観客から見えるということはかなりの角度の山肌だと思う。スタッフがんばった。



解散・休止したバンド、いなくなったアーティストを思い出したりする。



【BOΦWY】
横浜野毛坂上にある教育会館?だかで観た。
あの時はステージ向かって左側の席だったのもあって布袋さんとギターしか見えてなかったかもしれない。彼でかいし。
ごめんなさい。
氷室さんすごいです、かっこよすぎます、カリスマってこういうことです!!!!!
歌が、声が、動きがネ申。まさに。
今まで、全てのパフォーマンスに知性(理性ではなく)を感じるアーティストは佐野元春さんしかいなかったんですけど、氷室さんにも感じてなにこの今更のトキメキは。
どうやら氷室さんの顔がハッキリしている分、気づくのが遅れたみたいです。ほんとごめんなさい(なんだその理由)。
知性だけじゃなくて、野性的な勘の良さも感じるし、懐の深さとか、クールでありながら優しさすら感じる視線とか、まじすごいです!(小学生並のボキャブラリー)
もうヒムロックとか呼べない。氷室様。
布袋さんと氷室様のツーショットシーンとか、比喩じゃなくゾクッと震えたわ。
んで、BOΦWYのラストギグDVD観たいなあと思ってゾンアマを覗いてみたんですが、なんかカオスでよくわからなかったのでそっと閉じました。てへ。



【THE STREET SLIDERS】
雨で髪がへたりつつあるハリーさんと蘭丸さん。
けだるくて頑固で(個性が)面倒くさそうで、2003年のエピック25周年イベントの時と同じ印象。驚くほどに。
蘭丸さんが美しすぎてやばい。



【尾崎豊】
好きな曲もあるよ、全部じゃないけど。「ダンスホール」が好き。特に好きなアーティストではないけど、優れたソングライターだと思う。
日比谷野外音楽堂で飛び降りて骨折とか、力の配分考えないのは今でいったらバカなのかもしれないけど、雨の中ステージにキスをする彼は嫌いになれない。
ドンキホーテがただの愚か者なのかそうでないのか、それは触れた人にしか言えないことだろう。



【渡辺美里】
裸足で歌う彼女は挑戦的だった。
黄色と紫の配色の衣装は可愛らしく、彼女の派手な顔と声によく似合ってちょっぴりの毒も含んでいるように見える。
何時間も豪雨の中耐え続ける観客の凄みが、彼女を歌に駆り立てているのかもしれない。
「マイ・レボリューション」はすっかり友近さんの持ちネタみたいになってるけど、やはりオリジナルの貫禄。



このイベントに出演しているアーティストは全員がオリジナル。伸び伸びとして真っ直ぐで、誰にも似ていない。
考えてみれば、美里さんも白井さんも、佐野さんのバックコーラス「プリティフラミンゴス」出身なんだよ。
終わって楽屋に向かう途中で「佐野さ~ん♪」って寄っていく美里さんがとってもプリティ。



【佐野元春 with THE HEARTLAND】
まさに「STRANGE DAYS」。
イベントの大小、会場の大小にまったく左右されない。
変えないということじゃなくて、条件の違う場所でも自分のパフォーマンスを最大限に伝えることを考えて、柔軟に対応している結果、変わらないように見える。
雨が小降りになり、夜明け。
「99Blues」の長田さんのギターが大好きで。
そして「SOMEDAY」の怒濤の包み込みっぷり。
遠く高く、気持ちを慰撫され、祝福されているようで。
「おめでとう、ありがとう。これからもずっと。気をつけて帰ってね」みたいに感じて、泣きそうなんですけど。



だからお願いだから、もう少し余韻をくれ(笑)。



主催者の春名氏からの、突然の謝罪。
やはりくどすぎるナレーション。
童謡「あめふり」。
謎のテーマ曲&PV(フォークロック?みたいな。魅力は不明)。ていうかこのイベントのメンツが歌った後に誰とも知らないテーマ曲を入れるとは勇気あるわー。
すごいなこのトンデモ感。
映画館では、ちょっと吹き出した人と呆れかえった人と腹が立った人がいると思われます(笑)。



あ、会場工事のバイトしてたという俳優の六平直政さんを発見するのを忘れてました。不覚。

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「フィルム・ノー・ダメージ」

「FILM NO DAMAGE」
http://www.moto.co.jp/Film_NoDamage/


佐野元春27歳、30年前の叫び。
パワーで満ちあふれている、という言葉では足りない。ビートが体の中で渦を巻いていたのを放出できる喜び。
歓喜に溢れたコンサートツアーだったんだなと感じる。

ファンではあったが、残念ながら、その渦には間に合わなかった。
その後、彼はあっさりニューヨークに旅立ってしまい、帰国後のビジターズツアーチケット争奪戦は電話すら一度も繋がらずに敗戦。ぴあの回線もぶっ飛んだ。
結局、なんとか当日券でビジターズツアースペシャルが観られたけども。
感激して崩れ落ちそうになり、膝がガクガクする状態で歩いた経験は今までで2回しかない。

その頃は佐野さんもハートランドもお兄さんたちで、私はわけもわからず目をキラキラさせてたけども、27歳、私よりはるかに年下になった佐野さんのライブをスクリーンで観るというのはどういうことなのか、興味があった。

ああ、この人(佐野さん)って、さぞ落ち着かない子供だったんだろうなあ、とか。
え?そこ?
って自分でも思いがけないところからアプローチきましたけども(笑)
いつも動いてて、目を離すとどっかに行ってて、なんかよくわかんないとこで泣いたりしてて面倒くさい子だけど、そこがすっごく可愛らしい。
そりゃ先生も「情緒不安定だから小鳥を飼いましょう」って通信簿に書くわね。

伊藤銀次さんとダディ柴田さんがちょー走り回ってて、ダディとか走りながらサックスを演奏するとか離れ業だわ。「TRUTH」の時は気づかなかった。
銀次さん、あの人に似てる。「半沢直樹」でコールタール逆回転させる人、近藤。
そしてシータカの変わらなさは異常。どうやったら時間止められるの?どんな魔法なのそれ。

やっぱりねー、ハートランド好きだわー。
明さんのピアノを弾く佇まい、特に好きだわー。
一時期は「元春ー!」と同じぐらい「明さーん!」と私が叫んでただけあるわー。

この映画を観るまで、デトロイトメドレー最強!と思ってたけど、実はハートビートの間奏のハープとか、ロックンロールナイトの余韻があってこそじゃないかと気づいた。

細切れの感想になるけど、自分の青春と交差する映像は落ち着いていられない。ちょっと恥ずかしいし。
冒頭、パンイチで出てきた佐野さんは、新聞を読んでる(見てる?)んだけど、それが超近い(笑)
猫背で、ほとんど目と鼻の先に新聞持ってきてる。
視力ないのに、コンタクトだとしてもあれだけライブで動くアーティストはいないかも。
リハーサルである程度の動線は決まってたとしても、予測のつかない佐野さんの動きに付いていくローディーとカメラマン、すげえ。
それでいて、ギター持ってすごい勢いでグルグル回りながらも、銀次さんのマイクスタンドにぶつかりそうになったギターの先をちょっと上げるとか、どうなってるのかサッパリわかりません。

「つまらない大人にはなりたくない」と歌った青年は、かなり面白い大人になりました。
そこまでは無理としても、私だって、今から少しずつ面白い大人になることはできるかもしれません。
真心がつかめるその時まで。

(はいまとめた!きれいにまとめたよ私!)

照れて何か余計なことを言わずにはいられないらしいwww

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