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「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013・アメリカ)

「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013・アメリカ)
http://onlylovers.jp/



アングラな音楽業界でのみ有名なアーティスト・アダムは、経済破綻した都市・デトロイトに住んでいる。悲観論者や不景気な情報の影響でも受けているのか、彼はちょっと抑鬱傾向。モロッコのタンジールに住む恋人・イヴは、そんなアダムを心配してデトロイトにやってくる。
何千年?も生きている吸血鬼の彼らは、各都市でO型RHマイナスの血液をなんとか調達し、事件化しないように慎み深く生きている。
愛を確かめ合っているアダムとイヴの前に、イヴの妹・エヴァが現れる。過去の反省もなく自由奔放に振る舞うエヴァに、2人は不安を覚えるが……。



恥ずかしながら、初・トム・ヒドルトンでございます。初トムヒがこの作品で感激しております。
繊細で聡明で無愛想で、死なないくせにアンニュイに悩んで憂鬱にぐちぐちしちゃって木製の弾丸とか作っちゃって恋人とラブラブなリア充のくせにウザ(以下略)。
そのエロい体で枯れたふりしてるところにちょっとイラッとしながらも本気で怒る気にさせない男。ピッタリすぎて恐ろしいわ。
恋人のイヴ役のティルダ・スウィントンがまたスレンダーでエロくて清潔でしかも知的でなんなのいったい!(机バンバン)
前作「リミッツ・オブ・コントロール」で、アートや科学などの“良きもの”たちを脅かす利権や暴力の存在と、それらを鮮やかにやっつける殺し屋=ユーモア&想像力を描いた監督だが、今回は“良きもの”が2人の姿形に集約されている。
アダムが音楽(感性)、イヴが知識(書物)を具現化したものという抽象的な意味だけではなくて、絶対的な美しさで表現している。
アダムの吸い込まれそうな暗い視線とか、イヴの好奇心と知性溢れる瞳とか。
親密さ、尊敬の愛。役割など相手に求めない。生活のためや義務感抜きに、身も心も優しく委ねられる関係っていいものですね。微妙に寝相悪いし(笑)。
黒い皮手袋と白い絹手袋のように、混ざらずに寄り添う、真の理解者同士。
無理だもの。どっからどう見てもこの人たち普通じゃないもの。
人間が踏み込んではならない領域というのはきっとある。2人からそんなオーラ(←これも陳腐な表現だが)を感じる。



けれど、アダムの愛するもの(楽器、レコード、歌)にしたって、イヴの愛するもの(科学的知識や世界各地の書物、戯曲や詩)にしたって、2人が遠距離恋愛するためのネットにしたって、結局人間が作ったものであるという皮肉。
更に、彼らを生かすものが人間の血であるという事実。
2人はダンスで回ったりするけど、それはただの“回ってるふり”にすぎなくて、人間が生まれて成熟して何かを生み出し死んでいくダイナミックな円環には永遠に加われない。
彼らは横目で人間の生から死までを眺めているしかない。まるで旧い遺跡のように。
人間がなんだか羨ましくて、同時に興味深くて、彼らは都市に住むことをやめないのではないか。もちろん、血液を手に入れやすいし行方をくらましやすいから、という名目はあるとしても。
合理的な彼らには、人間が時々誤った道を選んでしまうのが理解できないだろう。秀才たちが理論をこねくり回してデトロイトを破綻させたことも。
ガリレオの地動説、ニコラ・テスラの交流電流、ダーウィンの進化論などへの懐疑を目の当たりにして、人間に侮蔑を感じたとしても、吸血鬼の彼らは圧倒的に少数だ。



知的な生活を静かに充実させている彼らのもとに、若さとエネルギーとインモラルを発散させている妹エヴァがやってくる。
彼女は諦めない。
行きたい場所には行けばいいし、やりたいことはやればいい、血が吸いたいなら吸えばいい。
文化や知識といった「生」に直接関係のないものごとを生活のよすがにしているイヴとアダムは、彼女の生々しさや欲望を抑える理屈を持たない。
エヴァ役のミア・ワシコウスカがワガママで遠慮なく、でもそこが可愛くて、体のラインの全てが引き締まってて丸くて、閉じこめきれない若さがどうしてもはみ出しているような、健康的なエロさ。
たぶん妹を見るイヴみたいに、渇望と諦めを含んだ視線で私もエヴァを見てたと思う。
おまけにこの子、すごく魅力的な声をしている。低い声とコケティッシュな声、微妙に二重のような。耳に引っかかりながら心地よい声。
イヴは妹に大甘だし、もとが人生肯定派だから将来の見通し甘いし、アダムは怖い顔で「嫌だ」と言った後に運転手しちゃうし(笑)。
アダムって基本的に“まきこまれ系”なんだよね。悲観的で頑固だけど押しに弱すぎる。



ジャームッシュ独特のユーモアがちょこちょこ挟み込まれてるんだが、微妙すぎて1回観ただけじゃわからない。
押しに弱いアダムもそうだし、
トランク2つの中身が満杯の本って、イヴどんだけ力持ちなのよ、だし、
音楽業界の男の血なんて汚れたもの飲んじゃってもうこの子は、って注意点そこですか?な話してるし、
死体を挟んで、まるで「この粗大ゴミどうする?」みたいな困ったふうだし、
何よりアダムとイヴがこの容姿でなかったら、これだけ幅広い知識を持っていなかったら、エヴァの言うとおり、浮き世離れしたいけすかないサブカルカップルだ(笑)。
旅という名の移動を繰り返しながら居場所を求めたり、人間を「ゾンビ」と呼んで蔑みながら切実に血を欲したり、人間並に矛盾だらけな彼らもやっぱりこの地球に生きている。
合理的ですべてがきちんと整理されたアダムとイヴはたぶん、そのままでいたら枯れていくしかない。
彼らに混乱をもたらすエヴァの存在は、生命力そのものなのかもしれない(ただし夜の女神として)。
そして新しい場所で、アダムは新しい音楽に出会い、イヴは知恵で方向を決める。



エヴァが現れて、2人のラブラブな生活を混乱させるまで、アダムとイヴの服は黒と白だった。
エヴァとイアンの事件が起こってから、ジャケットの中にイヴが赤い服を着るようになる。
タンジールに戻ったイヴとアダムの目が疲れきって、妖しくギラギラと光る。さらに、マーロウの死によって彼女がすぐにでも決めなければならない事情が加わる。
量子力学という美しい理論と、飢えと、再び目覚めた旅という名のビートと。
音楽や映画や知識を携えて、文化だとか文明だとかほざきながら、「何かを残したい」と渇望する。そんな無様でちょっとピントのずれた生しか残されていないのか。
もう若くない自分と、それでも生きていく現実と。
それでもいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、エンドロールで少しだけ泣いたが、その涙はあまりウェットではなかった。
音楽や知識そのものではお腹が膨れないんだもの。仕方ないじゃない。



(おまけ)アダムの目がほら穴のようで、まるでチバユウスケやアベフトシみたい目だなあとか思ってたら、パンフレットでチバの映画解説きたーーーー!!
すげー嬉しい♪
あと、ヤスミン?ていうモロッコの女性歌手がとても良かった。DVD買ったらまず彼女の歌声を聴いて、それからイヴが選んだ日本語っぽい本を確認することにする。

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「リミッツ・オブ・コントロール」(2009年・アメリカ)

ずっと昔に書いてアップしてなかった。
ジャームッシュ監督の新作、「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」がいよいよ来月公開なのを記念してUP!
http://onlylovers.jp/

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「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD」(2013年・日本)

1987年8月22日から23日にかけて、熊本アスペクタでオールナイト開催された野外ライブイベント「BEATCHILD」。
そのバックステージから観客の様子、ライブステージまでを収録したドキュメントフィルムで、今回の映画館公開のみらしい。DVDも発売されないというので、これは観に行かなければならない。
当時の最高のアーティストたちが集い、東京からもツアーバスが出ていた。迷った末に私は断念したが、元春ファンの友人が何人か参加していた。うち一人は、雨に打たれて具合の悪くなった人と一緒に救護ブースに行ったら、次々運び込まれてくる観客ですごいことになっており、手伝いせずにはいられなくて最後の佐野さんしかロクに観られなかったという伝説のイベント。斜面の上からは靴が何足も流れてくる状態で、早朝イベント終了後は山を降りたところにある小さな靴屋さんに頼み込んで店を開けてもらい、あっという間に靴が売り切れたという。
ビートチャイルドの伝説はリアルタイムで知っていたが、映像を観たことはなかった。



リハーサルの様子から映画は始まる。
青い空、雲が近くに浮かんでいる。
美里さんの隣にギターの佐橋さんがいる。まさか後に佐野さんのバンドに入るとは。まさか自分が梨園と繋がることになろうとは、想像もしていなかったに違いない(当たり前)。
尾崎豊くんがリハーサル中「次、佐野さんだよー♪」と嬉しそうに笑う。いい奴。
当の佐野さんは、真っ直ぐ前を向いて歩く。今と同じ、曲がり角でいつも最短距離を行こうとするみたいな歩き方。
リハーサルが終わるとお客さんたちが次々と入場してくる。
そうそう、携帯電話とかなくて(金持ちはデカイの持ってた)、緑の電話で連絡とるしかなかったんだよね。別に不便でも寂しくもなかったし、元春ファンの友人とも出逢えてた。各地のライブ会場で、友達の友達がどんどん繋がっていった。
ここらへんでナレーションがちょっとくどく感じだす。なんかウェットすぎる。もっと最小限に、ドライな、淡々とした、NHKのドキュメンタリー番組みたいにしたほうが良かったのに。「裏切られることによって、心は、魂へと変貌を遂げる」みたいな。なんですかそれ(笑)。



【THE BLUE HEARTS】
ヒロトさん細すぎます。前から思ってましたけども。ちゃんと食べてるんだろうか、ぐらいの細さ。
ブルーハーツ初の武道館公演は、私の初武道館経験でもありました。文字通り武道館が揺れてました。2階席の上のほうだったんですが、急な席から誰も転がり落ちなくてよかったです。
曲が流れてくれば口ずさめる。やっぱ好きだわ。



【RED WARRIORS】
シャケさんかっこいいっすね!
ユカイさんは今でこそパパタレみたいになってますが、こういう人なんですよー。
ステージ袖から青いアロハに着替えたヒロトさんが楽しそうに見てました。



【岡村靖幸】
私はハマらなかったんですが、周りの元春ファンがこぞってキャーキャー言ってたのを覚えてます。
ペパーミントグリーン(?)のスーツに王子様的ふあふあのブラウスに黒いサスペンダー、よくわかりませんがやけに似合ってます。
雨に濡れ濡れでなかなかエロかったっす。お尻の形ときれいな二重瞼ばかり見ていてごめんなさい。
ふてぶてしさと繊細さが同居しているような、ちょっと危ういアーティストです。



【白井貴子&CRAZY BOYS】
あまりの豪雨に急遽リズム隊を覆うテント設置。
ウェストの後ろがボンデージになってる白いミニスカートが可愛いっす。
テントから出ているギターとベース、音が出なくなってステージ中断。スタッフ大混乱。
一人ぼっちで繋がなくちゃいけなくなった貴子姉さん、観客を気遣いこの映画のサブタイトル叫ぶ。
楽屋ではスライダーズの蘭丸とハリーがモニターをじっと見て、自分たちのステージをどうするか、打ち合わせたりしている。
この時代イヤモニはなかったから、足下のモニターがぶっとんだら自分の声が聞こえなくなる。貴子姉さんすごいっす。いつも困ったような顔してるけど、男前っす。



【HOUND DOG】
わかりやすい男らしさアピールは苦手です。特に男が好きそうな男らしさね。
山の斜面に大文字焼みたいな要領でイベントのマークが描かれる。観客から見えるということはかなりの角度の山肌だと思う。スタッフがんばった。



解散・休止したバンド、いなくなったアーティストを思い出したりする。



【BOΦWY】
横浜野毛坂上にある教育会館?だかで観た。
あの時はステージ向かって左側の席だったのもあって布袋さんとギターしか見えてなかったかもしれない。彼でかいし。
ごめんなさい。
氷室さんすごいです、かっこよすぎます、カリスマってこういうことです!!!!!
歌が、声が、動きがネ申。まさに。
今まで、全てのパフォーマンスに知性(理性ではなく)を感じるアーティストは佐野元春さんしかいなかったんですけど、氷室さんにも感じてなにこの今更のトキメキは。
どうやら氷室さんの顔がハッキリしている分、気づくのが遅れたみたいです。ほんとごめんなさい(なんだその理由)。
知性だけじゃなくて、野性的な勘の良さも感じるし、懐の深さとか、クールでありながら優しさすら感じる視線とか、まじすごいです!(小学生並のボキャブラリー)
もうヒムロックとか呼べない。氷室様。
布袋さんと氷室様のツーショットシーンとか、比喩じゃなくゾクッと震えたわ。
んで、BOΦWYのラストギグDVD観たいなあと思ってゾンアマを覗いてみたんですが、なんかカオスでよくわからなかったのでそっと閉じました。てへ。



【THE STREET SLIDERS】
雨で髪がへたりつつあるハリーさんと蘭丸さん。
けだるくて頑固で(個性が)面倒くさそうで、2003年のエピック25周年イベントの時と同じ印象。驚くほどに。
蘭丸さんが美しすぎてやばい。



【尾崎豊】
好きな曲もあるよ、全部じゃないけど。「ダンスホール」が好き。特に好きなアーティストではないけど、優れたソングライターだと思う。
日比谷野外音楽堂で飛び降りて骨折とか、力の配分考えないのは今でいったらバカなのかもしれないけど、雨の中ステージにキスをする彼は嫌いになれない。
ドンキホーテがただの愚か者なのかそうでないのか、それは触れた人にしか言えないことだろう。



【渡辺美里】
裸足で歌う彼女は挑戦的だった。
黄色と紫の配色の衣装は可愛らしく、彼女の派手な顔と声によく似合ってちょっぴりの毒も含んでいるように見える。
何時間も豪雨の中耐え続ける観客の凄みが、彼女を歌に駆り立てているのかもしれない。
「マイ・レボリューション」はすっかり友近さんの持ちネタみたいになってるけど、やはりオリジナルの貫禄。



このイベントに出演しているアーティストは全員がオリジナル。伸び伸びとして真っ直ぐで、誰にも似ていない。
考えてみれば、美里さんも白井さんも、佐野さんのバックコーラス「プリティフラミンゴス」出身なんだよ。
終わって楽屋に向かう途中で「佐野さ~ん♪」って寄っていく美里さんがとってもプリティ。



【佐野元春 with THE HEARTLAND】
まさに「STRANGE DAYS」。
イベントの大小、会場の大小にまったく左右されない。
変えないということじゃなくて、条件の違う場所でも自分のパフォーマンスを最大限に伝えることを考えて、柔軟に対応している結果、変わらないように見える。
雨が小降りになり、夜明け。
「99Blues」の長田さんのギターが大好きで。
そして「SOMEDAY」の怒濤の包み込みっぷり。
遠く高く、気持ちを慰撫され、祝福されているようで。
「おめでとう、ありがとう。これからもずっと。気をつけて帰ってね」みたいに感じて、泣きそうなんですけど。



だからお願いだから、もう少し余韻をくれ(笑)。



主催者の春名氏からの、突然の謝罪。
やはりくどすぎるナレーション。
童謡「あめふり」。
謎のテーマ曲&PV(フォークロック?みたいな。魅力は不明)。ていうかこのイベントのメンツが歌った後に誰とも知らないテーマ曲を入れるとは勇気あるわー。
すごいなこのトンデモ感。
映画館では、ちょっと吹き出した人と呆れかえった人と腹が立った人がいると思われます(笑)。



あ、会場工事のバイトしてたという俳優の六平直政さんを発見するのを忘れてました。不覚。

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「フィルム・ノー・ダメージ」

「FILM NO DAMAGE」
http://www.moto.co.jp/Film_NoDamage/


佐野元春27歳、30年前の叫び。
パワーで満ちあふれている、という言葉では足りない。ビートが体の中で渦を巻いていたのを放出できる喜び。
歓喜に溢れたコンサートツアーだったんだなと感じる。

ファンではあったが、残念ながら、その渦には間に合わなかった。
その後、彼はあっさりニューヨークに旅立ってしまい、帰国後のビジターズツアーチケット争奪戦は電話すら一度も繋がらずに敗戦。ぴあの回線もぶっ飛んだ。
結局、なんとか当日券でビジターズツアースペシャルが観られたけども。
感激して崩れ落ちそうになり、膝がガクガクする状態で歩いた経験は今までで2回しかない。

その頃は佐野さんもハートランドもお兄さんたちで、私はわけもわからず目をキラキラさせてたけども、27歳、私よりはるかに年下になった佐野さんのライブをスクリーンで観るというのはどういうことなのか、興味があった。

ああ、この人(佐野さん)って、さぞ落ち着かない子供だったんだろうなあ、とか。
え?そこ?
って自分でも思いがけないところからアプローチきましたけども(笑)
いつも動いてて、目を離すとどっかに行ってて、なんかよくわかんないとこで泣いたりしてて面倒くさい子だけど、そこがすっごく可愛らしい。
そりゃ先生も「情緒不安定だから小鳥を飼いましょう」って通信簿に書くわね。

伊藤銀次さんとダディ柴田さんがちょー走り回ってて、ダディとか走りながらサックスを演奏するとか離れ業だわ。「TRUTH」の時は気づかなかった。
銀次さん、あの人に似てる。「半沢直樹」でコールタール逆回転させる人、近藤。
そしてシータカの変わらなさは異常。どうやったら時間止められるの?どんな魔法なのそれ。

やっぱりねー、ハートランド好きだわー。
明さんのピアノを弾く佇まい、特に好きだわー。
一時期は「元春ー!」と同じぐらい「明さーん!」と私が叫んでただけあるわー。

この映画を観るまで、デトロイトメドレー最強!と思ってたけど、実はハートビートの間奏のハープとか、ロックンロールナイトの余韻があってこそじゃないかと気づいた。

細切れの感想になるけど、自分の青春と交差する映像は落ち着いていられない。ちょっと恥ずかしいし。
冒頭、パンイチで出てきた佐野さんは、新聞を読んでる(見てる?)んだけど、それが超近い(笑)
猫背で、ほとんど目と鼻の先に新聞持ってきてる。
視力ないのに、コンタクトだとしてもあれだけライブで動くアーティストはいないかも。
リハーサルである程度の動線は決まってたとしても、予測のつかない佐野さんの動きに付いていくローディーとカメラマン、すげえ。
それでいて、ギター持ってすごい勢いでグルグル回りながらも、銀次さんのマイクスタンドにぶつかりそうになったギターの先をちょっと上げるとか、どうなってるのかサッパリわかりません。

「つまらない大人にはなりたくない」と歌った青年は、かなり面白い大人になりました。
そこまでは無理としても、私だって、今から少しずつ面白い大人になることはできるかもしれません。
真心がつかめるその時まで。

(はいまとめた!きれいにまとめたよ私!)

照れて何か余計なことを言わずにはいられないらしいwww

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「ザ・マスター」(2012・アメリカ)

「ザ・マスター」(2012・アメリカ)



http://themastermovie.jp/



(ネタバレ注意?)



私の映画マスター・葉月様からオススメされたこちら。ポール・トーマス・アンダーソン監督作品はナマステ初体験です。
映画を観る時、自分の経験とシンクロさせるか(「桜、ふたたびの加奈子」みたいに),自分の感情とシンクロさせるか(楽しいインド映画、怖いホラー映画、とか)だと思ってたんだけど、この映画は違った。
最初から最後まで、ガラスの向こうで繰り広げられている物語を観ているようだった。壁だらけ。理解されたいとか思ってないのかこの監督は。



第二次世界大戦終戦により、アメリカ軍兵士のフレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)が帰還する。アル中の彼は怪しいカクテルを作って飲み続ける。オイル、薬品、工業用アルコールなど、ありとあらゆる液体を混ぜて作った彼のカクテル(内容はバラバラ)は、行く先々で人を魅了し、また関係を破滅させていく。
そのカクテルを振る舞い続け、とうとう老人を瀕死の目に遭わせてしまったフレディは、働いていたキャベツ農場から追われ、ある豪華な船に逃げ込む。
その船には、新興宗教の教祖ランカスター・トッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)が乗っており、フレディは彼にもカクテルを振る舞う。
トッドは精神の不安定なフレディを鷹揚に受け入れるが、トッドの家族はフレディを疎ましく思いはじめる。



ストーリーを書いていて、こんな話だっけ?と思う。
なんだろうなー、最初から最初まで観ている者を拒絶するような、おさまりの悪い緊張感。
フレディのデンジャラスさは猟犬のようで、トッドだけに忠実、トッドだけに心を許し、トッドだけと庭でじゃれあう。
フレディがトッドの宗教団体と共に行動しているのは、一時的に隠れる場所を確保しているのだろうから意味がある気がする。
でも、トッドがフレディに執着というか一緒にいる(飼っているといってもいい)のは、理由がよくわからない。
得体の知れないカクテルはただのきっかけで、剣呑なフレディと彼が一緒にいるには理由が弱い。
マスターとしてフレディを救わなければならないという使命感なのか。だがそれだけではない気もする。
おまけにかなりうさんくさい。
いわゆるスピリチュアル系。「ムー」愛読者だった私は、こういう世界は小学生で卒業したんです。別にスピリチュアル系の人を否定はしないけど、寄るな触るなほっといてくれタイプ。



フレディは気まぐれで自由で、モラルがなく、罪悪感すらなく、平坦と怒りしか感情のない男。に見える。
人間の理屈の外側にいる存在。だからトッドは憧れてるんだろうか。
時折軽快な音楽が流れるユーモラスなシーンもあるのに、このどうしようもない閉塞感はどうしたことだ。
いつも社会とうまくいかないフレディと、ある程度の成功をおさめていることでかえって世界を小さくしているようなトッド。
説明は一切ない。観ている側に、なかなか開かない(そもそも蓋がないかもしれない)箱を渡されてるみたい。
最後、小さな驚きの言葉がトッドの口から語られる。すると、いくつかの不思議なシーンが思い出されて、「え?そういうことだったの?でも私の思ってること正しい?」と確信がもてずに混乱しつつエンド。
もやもやするわー。



先週観たインド映画では「エンドはハッピーじゃないと♪」って主人公が言ってたのに!のに!!
いや、これはこれでハッピーエンドかもしれないんだけども!



わかりやすい成功/失敗や外見では、人の本質や考えていることはわからない。
明るい人でも本当は傷ついてるかもしれない。メディアで見せているあの人の顔は嘘かもしれない。社会とうまくやってるような人が、とてつもないインモラルを抱えているかもしれない。
歳をとるにつれて、若い頃のように警戒なく初対面からあれこれ話せなくなった気がする。…違うな。あれこれ話すデータより下層に新たな重いデータが増えてきたようなイメージか。
何が真実か、なんてわからないものね。
世の中にあふれるスピリチュアル啓蒙書の脳天気さと薄っぺらさを裏側から黒く塗り、半村良「岬一郎の抵抗」から日本色を抜いてアメリカ色を注入したような。
ああもう説明しようとしたけど無理。
何か大きなものの一部を、ざらりと触っただけのような気がする。
名優たちの重い演技と、印象に残りまくる映像はとにかく好きです。
繋いだ短編小説のような映画を、ぜひ観てください。←説明をあきらめたらしい(笑)

そして教えてください。私がいったい何を観たのかを。



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