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NHKドラマスペシャル「白洲次郎」

http://www.nhk.or.jp/drama/shirasujirou/index.html

素晴らしい!!
ブラボー、NHK!!
お金もあるし人材もいるし、腹をくくられたら民放太刀打ちできないわね、やっぱり。
演出にしても、能を舞ってるバックに緊張感のある音楽を流すとか、小さなピアノが奏でるクラシックのすぐ後に"1945年8月15日"をもってくるとか、とても斬新でした。
このドラマで描かれている白洲次郎に惚れない女は女じゃないし、彼に惹かれない男は男じゃない。
伊勢谷くんの英語は完璧だし、何にも染まっていない俳優さんて、こういうドラマの時に生きてくるよね。染まりっぱなしのどこぞの事務所の俳優とはそこが違う。だから、羨ましい。

近衛文麿役の岸部一徳がやけに印象強かったな。
「対話外交」も「ノブレス・オブリージュ」も分かりすぎるほど分かってたんだろうに、生来の品がよすぎるために軍部を押し切れなかった、華族の首相。
彼はお坊ちゃんすぎたし、周りが無能すぎたんだろうか。
大根の漬物を食べるのですら粋に品があるように食べなければならない役だったけど、彼は見事にそれを果たしたと思う。

サダム・フセインの時も思ったけど、人間は戦争の責任なんて負えないんじゃないかな。
全体責任とかそういうことじゃなく、経済、資源、人命、財産、生態系、有形無形の文化、その他もろもろの莫大な損失を背負えるほど、人間は大きくないもの。
「僕は愚かな人類の子供だった」(佐野元春)
まさしく。

このドラマは、白洲次郎の荒々しい青年時代、鋭く挑戦的な壮年時代前半、老獪で強情な壮年時代後半の、3部構成となっている。
性格が変わったようにも見えるが、「今の自分に何ができるか」を模索し続ける姿勢はまったく変わっていない。
「従順ならざる唯一の日本人」とGHQに評されたほどの頭脳の怜悧さと押しの強さは、実は優しい後悔から引き出されるものだったのかもしれない。
自分ひとりが何をしても、どのように動いても、戦争に向かっていく日本を止めることができなかった。
自分はその信念と人脈ゆえに徴兵を回避したのに、自分に農業を教えてくれた百姓の天才は救えなかった。
それだけではなく、これからの日本を支えるべき数多の命を救えなかったという苦すぎる後悔は、死ぬまで彼の心に圧し掛かっていたのではないか。

クリスマスの日、昭和天皇からマッカーサーの家族に宛てたプレゼントを携えて、白洲はGHQを訪れる。
だが、その置き場所について非礼な扱いをされたために、白洲はマッカーサーに対して鋭いタンカを切る。
「我々は戦争に負けただけで、奴隷になったわけではない」
そして、あくまでも対等に微笑みさえ浮かべて、
「Merry Christmas, General」

占領国と対等であろうとすることが、彼の救えなかった命(もしくは日本)からのプライドだったのではないかと。

あぁ、惚れてまうやろー♪

国際性と強い信念を持つ、誇り高きリベラリスト。
やがて彼は、首相・吉田茂の懐刀として、経済立て直しをはかるために登用される。
しかし、彼の美徳は徐々に、マスコミによる「売国奴」「ラスプーチン」呼ばわりへと変貌していく。
マスコミがスケープゴートとして"純粋な悪人"を作り上げるのは、昔のほうがタチが悪そう。白洲のほうも「バカが俺の邪魔してんじゃねえよ」っていう態度があからさまっぽいし。
でも、それでも彼は信念を曲げなかった。
鉄工所の役員と殴り合いのケンカをする白洲に、ドラマ1部でのやんちゃな彼がダブる。

心を変えないって、強さでもあるし弱さでもある。
凡人たちは変節することによって強さを得るのだし。

孤独な知性の心には、妻・正子の横顔が常にあって、すれ違いだらけの夫婦だったかもしれないけれど、たぶんそれが彼の強さの源だったのだろうと思う。

お見合い写真(?)で、次郎の写真に添えられた言葉。
Masa: You are the fountain of my inspiration and the climax of my ideals. Jon
(マサ、あなたは私の霊感の泉であり、究極の理想です。)


BSハイビジョンで再放送&DVD発売決定だそうです。
さあ、日本人たち、惚れなさいっ。

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