parks@blog

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

佐野元春30周年ツアー・ファイナルレポ

佐野元春30周年アニバーサリーツアー・ファイナル“All Flowers In Time”TOKYO
3月13日→(延期)→6月19日 東京国際フォーラムホールA


(MC部分は、NEPPIEさんのブログより転載させていただきました。ありがとうございます^^)
http://www.neppie.com/blog/?p=4008


 


 


佐野元春さんがきっかけで始めたことがいくつかある。
東京に住むこと。
旅をすること。
インターネットに接続すること。
ラジオにリクエストハガキを出すこと。
文章を書いて友人に読んでもらうこと。→個人的なミニコミ誌を作ること。→自分のサイトを作ること。
スポークン・ワーズのイベントを開くこと。
様々なことに生き生きとした好奇心を持つこと。
クールであること。思考を続けること。疑問を持つこと。ユーモアを忘れないこと。そして時々「ウェヘヘーイ」となること。

佐野元春というキーワードに、いつも私の背が押されてきた。
良い悪いに関わらず、自分の意志や良心とはまた別の判断基準として「佐野さんの存在」があった。
佐野さんと彼の音楽がなければ、体験しなくても済んだであろう悲しみや矛盾や空虚感も、ある。
四六時中彼の音楽を聴いていたり彼のことを考えたりしていたわけではないけれど、私の人生の岐路にはいつも彼の音楽があった。それは間違いない。
これからもそうなんだろうか?

前置きが長くなってしまった。


今回のツアー最終日、佐野元春30周年アニバーサリーツアー「All Flowers In Time Final」は、私と佐野さんの今までの30年(厳密には28年?)を思い返して泣いたり笑ったりするのかな、とぼんやりと考えていた。
大阪と長野と横浜の友人たちと合流し、中でも大阪の友人とは10年ぶりの再会を喜びあった。
3月13日(佐野さんの誕生日)に予定されていたこのコンサートが、震災によって延期になると知った時はどうなることかと心配したけれど。
私にとっての佐野元春とは、彼の音楽や彼自身だけじゃなく、それによって出会ったすべての人や出来事や感情なんだと思う。

以下覚えてるところだけ。

HKBのテーマが始まると、一斉に観客が立ち上がる。もちろん私も。今回は友人ごんぞう氏のおかげでなんと9列目のチケットがとれた。嬉しいのう♪
ライブで会うのは久しぶりなのに、そんな気がしない。ソングライターズのおかげだろうか。「おかえりー」って言いたい気分。
「君をさがしている」、てっきりデビュー曲の「アンジェリーナ」から始まると予想してたのに、外れたーー。いつも予想通りにはいかないのが佐野さんのいいところ。

数曲後「トゥナイト」のあたりだったか、ちょっと佐野さんの声が出なくなった。ハラハラしたけど、歌い方を少し変えて対応した。
HKBとの実験の中には、歳とともに(?)昔のようには出にくくなった声をどうするか、という課題もあったように思う。試行錯誤の末に、彼は歌い方とアレンジを変えるという作戦に出た。
そして、見事に克服してみせた。実験と挑戦にもエンターテインメント性を忘れない彼のライブは、そんな小さなことを感じさせないほど楽しかったから。それでも、過去には途中で帰ってしまったりヤジったりするファンを実際に見たことがある。例外なく男性だった。
たぶん、女性が佐野さんに見ているのは「他者の理想形」なので、声がどうなろうがそれほど気にしない。楽しいんだもの。もちろん心配にはなるけどね。
男性ではそういかない人もいる。たぶん彼らが佐野さんに見ているのは「自己の理想形」だから。彼らは佐野さんという自己が、昔のように巧くいかないことに苛立ち、反発し、どうしようもなく怒りを感じていたんだろう。

でもそんなもろもろの感情は、今夜昇華されたはずだ。もちろん、今夜のライブに来ていれば、の話だが。
だって佐野さん天才だもの。自分と同一化してどうする、っていう話で。

「コンプリケイション・シェイクダウン」考えてみれば、この曲を佐野さんは28歳とかで作ったんだよね。しかも、日本で誰もこんな音楽やってない時に。
佐野元春の前に道はない。佐野元春の後に道はできる。(fromナマステ)
今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。

佐野さんの曲を聴くと、心臓が跳ね上がって、初めて聴いた時と同じビートを刻み始める。
村上龍(彼も佐野さんファン)は、思春期に体に刻まれたビートがそれから聴く音楽を選ぶ基準になる、というようなことを言ってなかったかな。
そうとも限らないと思うけどww、確かに私の体は10代の時のようにずっと動いていた。止まらなかった。疲れなかった。頭も体もビートがいっぱい詰まっていた。

内側の共感。
外側の共震。

「欲望」でそんな予定調和を覆される。
なんだこれは。
久しぶりに聴いた「欲望」は、体の欲望だった。
焦がれて身をよじり、無様に泣いて叫んで欲しても決して手に届かない、暗い渇望。
それは過ぎた年月かもしれないし、自身の若さと健康かもしれないし、愛していた人や家族かもしれないし、夢かもしれない。
この曲で私は最初の涙を流したけれど、本当は涙だけじゃなくて号泣したかった。
できれば地べたをはいずり回って、埃や泥だらけになって、あたりを涙でぐしょぐしょにしながら叫びたかった。柄にもないけど。
欲望への強烈な衝動。誰かに救われたがっている自分の中の獣。
この30年で、あなたは何を見たのですか佐野さん、と問いかけたくなるほどの。

「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」のイントロ、ホーンセクションと力強いドラムで我に返る。
30年を振り返るなんていう生やさしいライブじゃないことに気づいた。
これから来る新しい世界の、痛みに溢れた、勇気と希望のセッションなのだ。佐野元春 and HOBO KING BANDと私たちとの。
それは切なく、とても新しい。
人生は続く。

「月と専制君主」
アルバム「カフェ・ボヘミア」に収録されていた曲。最新アルバムはこのタイトルを付けたアレンジ違いの曲たちが収録されている。
「ごめん、アルバムまだ買ってない」
「ええええーーーーーーっ!(3人から同時に非難ごうごう)」
「だって、今日ライブで買おうかと思ってたんだもん」
「ふざけんな、これを買わないなんて、買えっつったじゃん」と異口同音に怒られた;;でも結局物販コーナーが混んでて萎えたという事実。もうぼっこぼこ(笑)。
買うよ、絶対買いますとも!これ買わなかったらファンじゃないまじで。
佐野さんのソングライティング能力もだけど、アレンジ能力もほんと天才的。
以前よりも分厚くて大人の温かさが伝わってきました。
なんでこのアルバムがもっと評判にならないのかが不思議なぐらい。←持ってないくせに
分かってるんだけどね、カラオケで歌えないのと、Jポップとやらから逸脱してるからだって(笑)。

「レインガール」
先ほどの「欲望」が肉体的な痛みなら、この曲は精神的な憧れ。
恋い焦がれるパワーは同じぐらいあるのに、もっと健やかに晴れ渡っていて、手に入れることよりもその温かさを全身で楽しみたいような曲。
悲しい時も楽しい時も、大切な人がそこにいてくれることへの感謝と安らぎ。
更に、君と一緒に人生を生きていけることと、同じ日ざしを浴びていることへの大きな感謝。
アルバム「ザ・サークル」はこの2曲が入っているところが素晴らしかったが、今回のバージョンはアルバムという括りすらとっぱらって、日常の目線から大きな世界をかいまみせてくれる。
ステージ上に釣り下げられた2枚の長いドレープと豪華なシャンデリアが、会場をワルツのダンスフロアに変える。
最近の佐野さんのコンサートは、豪華なペルシャ絨毯1枚とか、こういうシンプルなステージがよく似合う。

「ヤングブラッズ」
またアレンジ違いきた!
HKBにはギタリストとして長田進さんが参加していますが、前のギタリスト佐橋佳幸さんがゲストでギターを弾いてくれました。なんて贅沢!
長田さんが入って、ちょっぴりハートランド風味も蘇った気がして個人的にはとっても嬉しいのですが、もちろん佐橋さんも素晴らしいなあ。音の質は違うのに、二人のセッションがピッタリ合っていて響きました。
そういうところも元春マジックなんだなあ。

「ロックンロール・ナイト」
佐野さんの曲が幅広いと思うのは、曲ごとに心の動く場所が違うこと。
思い返せばあの日も、その日も、実は今も、私の前には川が横たわっている。
もしかしたら、若い頃よりも深く幅の広い川になっているのかもしれない。
一つ一つ諦める度に、もの分かりよく納得する度に、時間を潰して忘れようとする度に、忙しいかったり準備不足を言い訳にする度に、川は深くなっていく。
どんどん、どんどん、心の一部が膨らんでいって、いつしか叫んでいた。
こんな大声を出したことも最近なかったなと思う。
ずっと声にならなかった叫びが、声帯ではなくもっと奥のほうを震わせていた。

「約束の橋」
川には橋が必要。
橋の向こうには佐野さんが必要。
私たちに必要なものは、ほんの少し。ただし、必須。
約束とまごころの意味を考えてみる。
おじさんおばさんこそ「今までの君は間違いじゃない」って言われたい、まじで。

「ヤング・フォーエバー」
佐野さんの音楽に出会った頃、佐野さんのラジオ番組を聴き始めた。
彼の言葉は、彼の音楽ほどスッとは入ってこなくて、最初は何を言っているのかさえさっぱり分からなかった。かろうじて日本語らしい、ぐらいの(笑)。
理解しようとしたら、いろんな鍵が必要だった。
ブルー・アイド・ソウル、ボリス・ヴィアン、エディ・コクラン、アレン・ギンズバーグ、ジャズ、スカ、ラップ、ビート、ウィルとホランド、etc…
現在の彼は、鍵なんて無くても扉開けっぱなしって感じ。ただし、その奥がどこまで広がっているのかは計り知れない。
今、あの時ほどの情熱を持っていろんな言葉や情報を大量に吸収できるかと問われれば、正直なかなか難しい。
若さというのは、若さに気づかないことなんだと思う。
少しくすんだような曲調が、とっても大人のロックンロールだった。
佐野さんのロックンロールは生きている。
佐野さんや私たちが世界から消え去っても、永遠にロックンロールは続くんだ。

「SOMEDAY」
「僕はときどき思うんです。どんなにいい曲を書いても、それをみなさんが見つけてくれなかったら、そんな曲はなんでもない。次にやる曲は80年代の前半に、半年かかって書きました。どうしても、曲の一番いいところに言葉が降りてこなくて。
実は2枚目のアルバム『Heart Beat』に入れようとしていたんだけど間に合わなくて、その次のシングルになりました。みなさんがこの曲を見つけてくれて、僕は心から嬉しく思います。やがてこの曲は、僕が書いた曲なんだけど、皆さんの曲になりました。
でも待って! やっぱり僕の曲だよ!(会場笑→大拍手)
もし知ってたら、一緒に歌ってください」
ぶはははははははは!!
なにこのかっこ可愛い55歳ってば♪
あーハグしたいwww
自分の気持ち次第で歌ったり歌わなかったり、手を上げたり上げなかったり、泣いたり笑ったりするこの曲ですが、今回はずっと歌ってました。笑ってました。「ロックンロール・ナイト」で涙枯れたからもしれません。
次回はどんな「SOMEDAY」が聴けるんだろう。
佐野さんもこの曲も変わらずに、変わり続ける自分を自覚する、かけがえのない名曲。
魂に刻まれた証拠がこの曲なんだと思う。

「悲しきレイディオ」
「昨日、東北のファンの方からメールが届きました。たぶん、この会場のどこかにいると思います。そこにはこう書いてあった。《今夜は楽しみたいです》。みんなそう思うだろ!?」
きたきたきたーーーーー!
予定調和だろうが永遠のワンパターンだろうが、どうでもいいんですよ。
「I love You」って言われたら「You love Me」って返すんですよ、決まってんじゃないですか。
オーケストラの交響曲のように、小三治師匠の落語のように、同じことやっても毎回新鮮なんですよ。
様々な交流が私を形作るように、コール&レスポンスが私たちと佐野さんを繋ぐんですよ。
佐野さんを通じて表現される、観念的な「良いもの」「ゆるがないまごころ」は、ライブで突然具体的になる。
大人だからこそ楽しい。大人だからこそ知的でエキサイティングな風に導かれる。
この上ないほど幸せな時間。

それはこんな感じ。
少しテンポを落として、もっと厚い音で想像ください。
悲しきレイディオ(1993年?)




「アンジェリーナ」
アンコールラストの曲。
それまで気づかなかったけど、私たち4人の隣が4席まるっと空いていたので中央方向に移動してみた。
もう大騒ぎさ!
でも途中で、この席の人たちってどうしたんだろう、いい席だし4席まるっといないなんておかしくない?と考え始めたら、もしかしてこの席をとった人たちは東北の人なんじゃないかとか想像してしまって、もうその場所にはいられなくなった。
一人、自分の席に戻る。
想像しすぎ。小っちぇな、私ww
でも、想像力は「祈り」を近づける。
私はかの地を想像してこれからも祈り続けよう。
311以降の全てのエンターテインメントは、決してその前には戻れないんだと思う。私の気持ちも同様に。

これからどこへ行こう、これから何をしよう。

最後に、佐野さんはこう言いました。

スポンサーサイト

PageTop

朽ちていった命 -被曝治療83日間の記録-

「朽ちていった命 -被曝治療83日間の記録-」
NHK「東海村臨界事故」取材班(新潮文庫)





以前、医師団の記者会見がニュースで流れていたのを覚えている。
東海村JCOで起きた臨界事故で被曝した人が亡くなったことをその時知った。
「原子力防災の施策のなかで、人命軽視がはなはだしい。現場の人間として、いらだちを感じている。責任ある立場の方々の猛省を促したい」
当時はここまで覚えているわけではなかったが、医師たちが感情を口に出し、しかも他の業界に提言しているのを見たのはたぶん初めてのことだったので、ずっと記憶に残っていた。
医療の現場で何が起きたんだろう。彼らはいったい何を見たんだろう。
何ができて、何ができなかったんだろう。

この本は、東海村の事故で最大の被曝(20シーベルト。8シーベルトで死亡率100%)をした患者が亡くなるまでの、83日間の医師団の闘いを描いたドキュメンタリーだ。

でもそれは、闘いとすら呼べない、絶望的なものだった。

中性子線被曝というのは、ものすごく細い無数のワイヤーが体中を一瞬にして突き抜けるようなものだとどこかのサイトで読んだことがある。
そのワイヤーは、細胞のDNAをズタズタに切り裂いて通り抜ける。
つまり、皮膚、血液、内蔵などの細胞分裂が行われなくなるということだ。
人間は、約一ヶ月で体のほぼ全ての細胞が生まれ変わるとか。ただし、細胞が入れ替わらない脳や神経細胞を除いて。

つまり、体中の異常を神経は変わらず伝え続け、脳はそれを感じ続けるということだ。
寒気がする。

治療にあたった医師は、患者を最初に見た時に「救えるのではないか」と思った。それほど患者の印象は元気だった。
だが、それは間違いであることがすぐに判る。

血液の異常、擦った皮膚は赤剥けのまま再生せず、体内の粘膜はすべてはげ落ち、呼吸困難を和らげるため人工呼吸器をつける。


妹からの造血幹細胞の移植は定着したように見えるが、再生した粘膜は他の細胞から攻撃されて消えていく。

人工呼吸器によって会話ができなくなる前、患者の大内さんは「おれはモルモットじゃない」と訴えた。が、すぐに個人の意志は体の不調に飲み込まれる。

医師たちは毎日変わる容態に、その都度療法を考えるしかない。完全に後手後手に回っている。
医師たちも看護師たちも、できることを懸命にやっているが、崩壊していく人体に対してできることは圧倒的に少ない。

絶望しかない状況で、ひたすら生きようとする大内さんの生命力に驚かされる。
そんな陳腐な感想しか書けないほど、その残酷さは想像を超えている。
「朽ちていく」のは大内さんの命であり、意志を持つ人間としての存在であり、家族から医師への希望であり、医師から現代の最新被曝治療への信頼でもある。
毎日、毎日、裏切られ続け、医師と看護師たちが大量の輸血とモルヒネと強力な薬剤に頼り続ける虚しい闘いで職業意識や気力をすり減らす中、家族はただひたすらに医師たちを信じ続ける。

家族は最後まで治療を望み、治癒を信じて延命治療を止めようとはしない。
その言葉少ない強い意志は、弱まった医師たちの精神を支え、あきらめさせなかったようにも思える。
用意された別室で、丁寧に折り鶴を作り続ける家族たち。折り鶴は最後に1万羽近くにもなった。

比較的厚みが薄く文字も大きいので、すぐに読み終えることができる本だと思うが、その内容は濃く、重い。
著者の感情を交えず、淡々とシンプルで、専門的な部分もかみ砕いてあるので判りやすい。
医師としての迷い、家族の想い、周囲の人々の困惑と無力感がダイレクトに伝わってくる。

助けようとする意志、祈り、生きようとする生命力そのもの。
医療という科学に対して、そんなこと言うのはおかしいのかもしれないけど、大内さんの83日間の戦いを支えたのは、細胞幹移植や薬剤だけではなかったように思える。

本人の意志を無視して生存させるべきだったのか、そもそも自分の生命のことを自分以外の人間が決めていいのか、家族や医師の自己満足じゃないのか、だがあるいは“助けたい”気持ちは理屈じゃないのか。

いろんなことを考える。

臨界に達した時の「チェレンコフ光」は、、荷電粒子が物質中を運動する時、荷電粒子の速度がその物質中の光速度よりも速い場合に青い光が出る現象だという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%95%E6%94%BE%E5%B0%84
アインシュタインは、光を追い抜けるものは存在しないと言ってなかったか?
チェレンコフ光を浴びた者は、もしかしたら神の領域をかいま見たのではないか。私は無神論者だが、畏怖をもってそんなふうに思う。
それほど、ウィキペディアに載っている青い光の写真は美しい。

仏と違って、神は怒るし呪う。
人間の遺伝子だけでなく、柔らかで優しい気持ち、いろんな関係性をズタズタにするのだ。中性子線というものは。

大内さんのご遺体で、ほとんどの筋肉細胞が破壊され尽くす中、唯一きれいに残っていたのが心臓だったという。
検死解剖を行った法医学教室教授はこう語る。
「私には、大内さんが自己主張をしているような気がしました。(中略)心臓は、大内さんの「生きたい」という意志のおかげで、放射線による変化を受けずに動きつづけてこられたのではないかという気さえしました。
もう一つ、大内さんが訴えていたような気がしたことがあります。
それは放射線が目に見えない、匂いもない、普段、多くの人が危険だとは実感していないということです。そういうもののために、自分はこんなになっちゃったよ、なんでこんなに変わらなければならないの、若いのになぜ死んでいかなければならないの、みんなに考えてほしいよ。
心臓を見ながら、大内さんがそう訴えているとしか思えませんでした」

私はこの言葉を、科学とかけ離れた情緒だとはどうしても思えない。
なぜなら、科学は人とともにあるべきだと思うから。
故カール・セーガン博士はこう言った。
「科学にとっていちばん貴重なものはなにか?相対性理論、量子力学?
いやいや、そんな一つ一つの理論をとやかくいうつもりはありません。
いちばん貴重な物は科学自身に”エラー修正機能”が組み込まれているということです。
そして似非科学と決定的に違っているのは、本当の科学のほうが、人間の不完全さや、誤りやすさをずっと認識している点です。むしろ「人間は間違うことを断固として認める」ぐらい積極的な機能をもっているのです。
ですから、誤りを含んだ科学と似非科学はまったく異質のものなのです」


「象」新国立劇場・小劇場(2010年3月)
http://namaste.blogzine.jp/blog/2010/07/20103_1d6f.html








朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:2006-09

PageTop

名古屋どたばた道中記



53x9ki_2 




東海も関東も梅雨に入ってすぐの金曜日、会社帰りに名古屋へ。
次の日(5月28日)の高橋優さんのソロツアー初日のために♪
富士山が見えないのが残念だけど、たいめいけんのチキンライス弁当とプレミアムモルツで「一人お疲れ様夜ご飯」。ああやっぱり新幹線大好きだ。
チキンライスはいまひとつ。JR東日本のお弁当を買いたかったけど、その売り場ではほとんどが売り切れてて。やはり駅弁の旨さはJR東日本が一番だと思う。

以前、佐野さんのコンサートで遠征していた時より10年以上経っている名古屋駅。もう何がなんだか分からない。あの時は名古屋人が案内してくれたし。
ちょいちょい人に道を聞きながら、宿泊するホテルに到着。エスカレーターは東京と同じ右側先行だった。
優さんのライブが楽しみすぎてあまり寝てないし(笑)。愛知のテレビは東京よりも原発に対して鋭い意見を出しているコメンテーターが多かった。辛坊さんの番組だったからか?

次の日の午前中は、昨年亡くなった友人の墓参りしようかと思ってたんだけど、外は生憎の雨なので中止。ですよね、梅雨ですものね。
チェックアウトしてからしばらく時間があったので、名古屋駅高島屋上にある化石屋さん?と本屋をチェック。
「世界で一番美しい元素図鑑」なるものを見つけてしまい、最初から見てたら1時間があっという間に経ってしまった。
このセオドア・グレイという人、元素に対する愛情が半端じゃない。元素の特徴や周期表の見方だけでなく、とても元素のことを言っているとは思えない形容詞のオンパレード。
科学者たちはこの元素を何の価値もないと言っているが、○○(職業、何だったか忘れた)は猛然と反対するだろう。とか、非のうちどころのない神秘的な元素だが人間を静かに病気にする。とか、この元素で熱を伝えるタイプの原子力発電所があるが、私はそれをあまりいい考えだとは思わない。とかもろもろ。
付けられている写真がまたとっても美しい。しまいには「幼い頃ぼくが作ったオブジェ」なんてのもある(笑)。
同位元素しか見つかっていない元素があるの知ってた?
自然界にあると言われてて、間違いなく元素表にも載ってるのに「○○が○○グラムあったらこの中に元素が1つか2つあるかもしれないし、ないかもしれない」元素ってどうやって見つけたんだ?
ああ楽しすぎる。欲しいかもしれない。

昼間から、優さんのライブに同行するパルピーさん、名古屋のフォロワーさん(吾郎ファン)kanataさんとふじみやさん2名とランチ。


2人とも若い!そして元気だ!姐さんも頑張る!
矢場とんの味噌カツは、甘くて味の濃い味噌ダレで。初めて食べました。名古屋の味噌文化GJ!かなり味が濃いので苦手な人は苦手だと思います。私は割りと好き。


ただ、ソースとどっちか選べと言われたらソース取っちゃうかも。慣れた味なのと、カラシをたっぷり付けたい派なので、カラシにはソースの方が合うのかなと。
その後、お二人に案内してもらってゆるキャラショーに行く。

泉谷しげるさん呼びかけの被災地支援イベント「みんなの祭り 無礼講」。
http://bureikou.jp/
やななのスケジュールを確認したら、ちょうど名古屋出張だって言うじゃないの!←頑張って柳ヶ瀬まで行こうかと思ってた。
しとしと雨の降る中、フェルト地のゆるキャラさんたちはちょっと大変そうだなと思っていたら、ビニール地の「ごうちゃん」(江ちゃん)に一番最初に会えました。
でかっ!
ゆるキャラさんたちは、ショー以外ではあちこち移動して愛想振りまいてるらしい。
やななをちょっと探してみましたが、その時は見つかりませんでした。どっかにブースも出てたらしい。もっと探せばよかった。
お猿のくぅちゃんとか、いが☆グリオくんとか、ひあゆ丸くんとか、のぶさまとか、その他もろもろいっぱい次から次へと現れるお馴染みの姿に一人で感激。全部やななのブログからの知識なわけだが。
http://yanana87.blog49.fc2.com/blog-entry-465.html
ステージ前のやなな、ちょ、ビニール被ってる!段ボールだからねwww

ゆるキャライベントは、かなーり面白かったです。
こんなに楽しいと知らなかった。
やなな、やっぱりいちいち動きが変だしwww
狭いステージにでかいゆるキャラたちがひしめきあっていて、シロモチくんなどはいつも前に出すぎていて周りのキャラたちに止められてたりとか(笑)。
一人一人を紹介しつつ、紹介されないキャラなどもいたりして、くぅちゃんなんて呼ばれてないのに来ちゃったとかで、ステージにも上がらず女子たち限定で声かけてました(くぅちゃんはワル男キャラ)。とはいっても声を出せないのでスマホ(あいぽん?)で文字を打ち込んで説明してくれたよ。

私は他の3人に、一生懸命やななとゆるキャラについて説明しているというおかしな展開に。
私は超楽しんだけど、他の方々にも喜んでいただけたようで嬉しいわー。
ゆるキャラステージに、なんとかいう名古屋出身のバンド?さんたちが出て、彼らはなかなか男前さんだったんですけど、周りゆるキャラばっかだから超絶違和感www
最後に動けるゆるキャラだけが音楽に合わせてダンス。やななは呼ばれてないのに手を挙げて無理矢理参加wwwくるんと回ったりするシロモチくんが愛おしい♪
私はやっぱりやななが好きだ。変だからwww

その後、ホテルにチェックインし、パルコに移動。
吾郎ファン2人にすべて案内していただきました。本当にありがとう♪
少し時間があったので4人でお茶して、やななの次に来ると私が期待している「長万部のまんべくん」を教えました。←やななもいまだに来てはいないが。
検索して画像が出てきた後の「…うわ…可愛くない」がツボりましたwww
http://manbe.jp/
いろんな話ができて嬉しかったです。またどこかでお会いしましよう。

(優さんのライブはツアー終わってからまた別立てで日記にします。どんだけ長くなるかわからないので)

次の日も雨。昨日よりかなりすごい。土砂降り一歩手前ぐらい。ですよね、台風ですもんね。
チェックアウトして、目の前のコメダ珈琲へ。大きなシロノワールをパルピーさんと2人で食べる。シロノワールは、温めたデニッシュにソフトクリームがドーンと乗ってるもの。あったつめたい?感じが旨いのう♪
このなんでもない喫茶店、居心地がよくてつい長居をしてしまう。
タクシーで名古屋駅に直行し、森くんファンのマイミク、よこっちょさんにお会いする。
とても笑顔が優しい、言葉の端々に頭の良さを感じる、素敵な方でした。
パスタなど食べながら、よこっちょさんのお友達が遭遇した、中居さんと木村さんのエピソードなども教えていただいて、楽しかったー。
東京に長く住んでても道でSMAPに会ったことなんてないんだが。会いそうになったら私は前向いたまま後ろに逃げそうだけどwww
すごいなあ、皆さん。
そして、昨日今日と木村さんの素晴らしい人格を示すエピソードばかりで不満げなパルピーさん。
「あんなにかっこいいのに性格もいいなんてきいい!」みたいなことになってますwww
怒りながらもそれ絶賛ですがな。やっぱりファンでしょ(笑)。
足元の悪い中、名古屋駅まで来ていただいて、しかもお土産物コーナーまで案内していただいて、お世話になりました。本当にありがとうございました、よこっちょさん。またぜひお会いしましょう。

楽しかったぜ名古屋!11月に優さんのライブがあるらしいのでまた来たいぜ名古屋!
その時こそ風来坊の手羽先にゴーだ!








世界で一番美しい元素図鑑世界で一番美しい元素図鑑
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2010-10-22



高橋優「誰がために鐘は鳴る」(ショート)


PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。