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プロフェッショナル仕事の流儀「SMAP」

別名「スマフェッショナル」。



個性は探すものじゃないと気づいたのはいつのことだろう。
子供の個性は真の個性といえるかもしれないが、物心ついてからもそれだけを追求するのは疲れるしワガママだ。
アーティスティックな方向に個性を求めるには、更なる覚悟と研鑽が必要だ。それだけでは生活できないことが多いし。



ほとんどの凡人たちは、何か秘めているかもしれない自分を諦め、時に仕事に没頭し、人間関係でまあまあ上手く立ち回り、家庭や職場での立場を確保し、しょっちゅう起きる小さなトラブルを乗り越え、時にはニュースの事件に憤ったり、文化に触れて感動したり、つまんないことにヘコんだりしながら、日々生活している。



私たちと何が同じだろう。
彼らと何が違うだろう。



スタッフは、まずそこから始めたような気がする。



ドキュメンタリーには定評のあるNHKの中でも、このスタッフがプロフェッショナルだと思ったのは、対象を「分かったふりしない」というところ。
「分からない」というゼロ地点から、ひとつひとつ事実を積み上げ、映像を構成し、彼らの発言を裏付けや転換地点として入れ込みながら、実像を組み立てていく。
ドキュメンタリーを作る経験と勘で「全部ではないがここまで分かりました」という余韻を持たせて終了させる寸止め的な手腕も見事だ。



対象はSMAP。
好き嫌いに関わらず、人気があって思い入れが深ければ深いほど「日本人全員が分かった気になっていること」から始めたくなるものだと思うが、そこをあえて「分からない」前提とし、当時の映像を流すだけでなくSMAP本人からの言質をとる。
冒頭でちらっと映った中国公演の時間軸に向けて、SMAPの歴史を重ねてくるその構成がじわじわくる。じわじわきいてくる。



レコード会社や民放各局から許可をとり、ドラマ等の映像を流すだけでなく、最新の情報を入れ込む。
中国公演リハーサル、インタビュー、本番、過去のコンサート映像、被災地でのボランティア映像、などの構成の緩急が見事だった。
20年間の大きな節目のことも短い時間に残らず入れた。そこを避ける気がSMAP側にないのだから当然だ。
唯一残念な点は、名古屋レインボーホールでの閑散とした会場の映像が発掘できずにイメージ映像を使ったことぐらいか。



結果、スタッフの本気がある程度SMAPを追いつめたようにも見える。
鋭い刃のような丁々発止。特にインタビューで取り上げられている一言までシェイプし尽くすディレクターの覚悟は、編集室で見えない火花が散っていたんじゃないかな。
だから、ファンでも見たことのない表情、聞いたことのない貴重な言葉が発見できた。



稲垣と香取が異口同音に「一生懸命全力投球していく」「必死なんですよ、常に」と言う。
決して勇ましい口調ではなく、いつもギリギリで沈みそうな自分を奮い立たせて必死にやり抜いているような、そんな口調。
SMAPなのに。



稲垣の言う劣等感との戦い、木村の言う(周りの?)抵抗。規格外の彼らだからこそ(おそらくメンバー全員が持っているであろう)劣等感に絶望するでもなく、自棄になるのでもなく、ただひたすら仕事に集中し打ち込む彼らは、それぞれが実はかなりの負けず嫌いだと思う。
そして中居の「“成功”は保証されてませんけど“成長”は必ず保証されている」という名言に繋がる。



中居が「ある程度の準備をしておかないとすごく怖い。心配性だから」とつぶやくように言う。
怖いってテレビで言っちゃった。テレビでの作り上げたトークではなく、ラジオでの淡々とした口調に似ている。
他人の評価も気にはなるだろうけど、彼の場合、仕事をきっちりこなせてそれが客観的に評価されて自分も納得できるかどうかというクールな怖さかもしれない。その怖さは、対芸能人でも対文化人でも対一国の首相でも同じなんだろう。だから、怖さをあまり感じる必要のない、自分の立場と役割をきっちりこなす芸人さんたちを黒バラでは揃えてるんだろうな。



草なぎはムードメーカー。って自分で言っちゃった(笑)。
ともすればナーバスになりがちな場を和ませてしまうのは作為なのか素なのか。どっちにしてもこの人は強いな。時にメンバーや共演者(及び視聴者?)を置いてきぼりにするぐらい。



草なぎと香取が売れなかった時代を振り返る。
その頃の2ndアルバム内の一曲「心の鏡」が、とある小学生の人生を変えたんですよ。その子の名前は、高橋優といいます。



森の脱退時の話。
メンバー全員での断髪式のことは、恥ずかしながら知らなかった。
自らの記憶を一つずつ掘り返しているような目をして「今でも、戻ってきてくんないのかなあとか、思ったりすることありますね」と中居が淡々と語る。
この人たち、もしかしたら何かあるといつも森くんのその時に戻っていくのかもしれないな。外側で一人戦っている森くんのことを考えて、彼が離れていった時を思い出して、自らを奮い立たせながら仕事に打ち込んでいることがあるのかもしれない。
たぶん、彼が戻ってくることはないとしても、中居の中では「戻ってきてくんないのかなあ」と思うことが自然なぐらい近い場所にいるんだと感じた。



あの時、事務所の厳しい抵抗を振り切って、森脱退のSMAP×SMAPを演出したスマスマ・スタッフとSMAPは、最高にいい仕事を成し遂げた。
普通に生意気ではねっかえりな青年だった彼らが、自分たちの仕事に対して主張し創造するエンターテイナーとなる第一歩が、あの放送だったと思うから。
今から振り返ればだが。
そうするしかなかった、一途でがむしゃらな賭け。
勝機は視聴者にゆだねられ、見事に彼らは勝った。



香取のインタビュー映像が映る度に、いつもの彼のイメージとの違いに視聴者は戸惑ったのではないか。
一言一言、じっくり考えながら語る姿、これが香取の本来の顔なんだろうと思う。でも、元気な笑顔の慎吾くんとしての彼も本当で。その振り幅や静かな優しさは貴重な存在だなと思う。



謹慎中の件に稲垣が言及した時の口調に驚いた。
いったいどうした。いつものあなたなら明快で流れるように答えてるじゃないか。
いつもなら、ダンスや歌を客観的に分析して、自分の感情ですら俯瞰で表現できる。あくまでも自分中心で、ボキャブラリーの多さと思い切りの良さ、ユーモアでくるんだ言葉で表現する。
あの時を除いて。
たぶん、それだけ逮捕から謹慎の時間は重くて辛いものだったんだろうと想像できる。明るくておしゃべりで一部頑固で、そんな彼の心に染み込んだ黒い点。
今でも、消化することも薄まることも整理することもなく抱えたままなのか。
もしかしたら、SMAPがそれぞれ煮詰まると森くん脱退の時代に戻っていくように、彼は自分のその時に戻っていくのかもしれない。俳優として彼が一歩先んじているように見えるのは、その黒点の影響なのかもしれないとまで思っている。



対して草なぎの言葉はいつも通り緩やかだ。
彼独特の軽さとかいい意味での無神経さとか自由さとか、損なわれなくて本当に良かったなと思う。



ダンスも歌もいまひとつのアーティストとして一生懸命で熱くて、でもそれぞれクールに自分の立場や周りを分析していたりして、更にそれがそのまま強力なエンターテインメントに繋がる奇跡を何度も見せつけられた。
彼らには奥底の知れないどん欲さと逞しさを感じる時がある。でもまなざしはどこまでも透明に誠実にこちら(社会)側を向いていて。
一昔前まで、そういう矛盾はただの違和感でしかなかったような気がするが、SMAPは世間の違和感すら取り込んで魅力にする。それが中居の言うところの「非常識を常識に」ってことでもあるのかなと。



まるで幕末から明治にかけての日本のようだな、とふと思う。
海外の言葉はとりあえずカタカナでぶち込んで、食や生活の文化もまるっと真似してアレンジして、失敗しながらも結果的には独特で魅力的な世界を作り上げる。
これをたった5人(プラス外側の森くん)でやり遂げるとは、かなりのどん欲さとパワーではあるまいか。



木村は楽しそうに薄く笑いながら「楽しようとは思ってないんじゃないですか、SMAP」と言っていた。
憶測の形をとりつつ、確信に溢れている。信じきれる仲間との繋がりの強さを感じる。



中国公演を終えて、スタッフの肩を借りながらマッサージルームへ向かう香取「(脚が)全部つってるの」とあっさり語る。
誰しも経験あると思うが、両脚つっている状態というのはかなり苦しい。周りのことなんて考えていられない。なのにステージでは最後まで笑顔、精神力だけでなく体力、全身の調整力まで加わったプロ根性が見事すぎる。



そこまでの顔や姿をカメラに晒しながら、それでもSMAPは、ドキュメンタリーのプロフェッショナルが張り巡らせた包囲網をすり抜けていく。
彼らが逃げているのではない。規格外な部分が大きすぎてまとまらないのだ。



無口に籠もる中居、スタッフと語りながら過ごす木村、陽気に話しかける吾郎、マイペースな剛、時に人見知りモードになる慎吾。
ファンにとっては自明のことでも、パブリックイメージとの乖離に驚いた視聴者もいたかもしれない。
もともと、彼らは自分たちの内情を公開されることを好まない傾向がある。
だから誤解されることも多いし、それによって損害を受けていることもあるかもしれない。見えないけど。
カメラの有無、対峙するメディアの種類、公私の別、何段階もの顔と言葉を使い分けることが習い性にでもなっているのか。矛盾なく、その全てが同化している。



ちょっとした不調では休めず、40歳手前の男性とは思えないほどの運動量を4時間こなし、セリフや振り付けを短時間で記憶し、自分のモチベーションをコントロールし、ひとつの仕事が終了したら充実をじっくり味わうことも休む間もなくに次の仕事へ。仕事と仕事の合間を縫って、6時間以上かけて被災地の子供たちに逢いに行く。たとえボランティアでも手を抜かず、どれだけ疲れていたとしても余裕さえ感じさせて楽しい時間を演出する。



そこまでやっておきながら、「SMAPは微力だ。何もできない。でも、僕らを知ってる人の一瞬の笑顔のために20年やってる(香)」と言い切る。その前提を持っているエンターテイナーって、果たして何人いるんだろうか。



いつもは話さず接近せず、何かある時だけ集まって納得するまで話して解決させる。
また離れて、でも近くにいるから姿は見えていて、個人的な趣味や短所長所を超えてどうしようもなく繋がって。
解散がよく取り沙汰されるけれど、彼らは最初から離れている。だからいつも話す目的もなく、ベタベタする理由もなく、あらためて解散する必要もない。
言葉にできない、形のない、なのに揺るがない、SMAPという関係。



もしかしたら家族にも似た関係じゃないのか。



彼らがいかにも言いそうなのに決して言わなかった言葉がある。
「ファンのために」
簡単にそう言いそうな場面でも「気持ちを自分たちに向けてくれる人(木)」「SMAPっていうのを知ってる人たち(香)」というふうに。
これは簡単にみえてかなり難しいことだと思う。
「ファンのために」
アイドルにとってはいろいろ使える言葉だが、安易に使えば時に“言い訳”にもなる諸刃の刃。
木村と香取の言い換えには、ファンクラブ参加者以外も含まれる。テレビで見て名前ぐらいは知ってる人、顔ぐらいは覚えてる人、更にはアンチまで。
営業ではなく現場の人間だからこその強烈な自負がそこにある気がしてならない。自分たちの表現で作り上げるものこそが最高品質であり唯一最高の営業なのだと信じている。
そんな強気の態度に痺れてまた惚れた。
深読みしすぎ?



SMAPとしての幸せ、メンバー一人一人の幸せとは何だろう。放送を見終えて、真っ先にそんなことを考えた。



もっともっと時間が経って、彼らがそれぞれ自分の皺だらけの顔や、節の大きくなった手や、眼のかすみや、あちこちの痛みや、芯からの疲れを感じて、ふと過去をふり返った時に、「幸せ」を噛みしめられるように、微力ながら私もずっと応援しようと(何度目かの)決意をした。



分かったふり、知っているふりなんてしないで、時に思考をゼロに戻しながら、目の前のことに全力を尽くそう。
とんでもなく難しいけど。
切実で誠実な闘いかたの理想を、彼ら(番組スタッフ含む)から教えてもらった気がした。



(プロフェッショナルとは)



中「一流の素人ですね。一流の二流みたいな。最高の二番手みたいなのが自分には合ってるのかなって」



木「前線から逃げない人、大前提かな。前に進み続ける限り前線にはいられるから。いたいなあと思う。風当たりは強いけど(笑)」



稲「あえて人を否定することもなく、そして自分に与えられた仕事をちゃんと責任を持って、その仕事の持っているメッセージというものを人に伝えていくっていうことなんじゃないかなって思います」



草「チームワーク、仲間を大切にする人だと思います。自分の力以上のものを出すには、やっぱり仲間だとかチームワークを大切にするっていうのが、僕はプロフェッショナルなんじゃないかなと思います」



香「明日を生きる人。今を生きるのはもちろんですけど、一歩二歩先へ。明日を生きる。振り返りません、僕らは」



時々彼らは「僕ら」「自分たち」っていう人称を使うんだよね。一人称でもいいようなところでもさりげなく普通に複数形にする。
人はスーパーマンじゃない、スーパーマンじゃない、スーパーマンじゃないけれど。(from「たいせつ」)



【超個人的な小ネタ】



・すごーくたまに、予知夢を見ることがあります。
いつも「これはないだろう」と思える光景が、しばらくすると実現してます。実際にその光景が現れるまで忘れてたりしますが。
5年前ぐらいに、日中の日ざしが眩しい体育館で、普段着を着て歌うSMAPの姿を見ました。
その時は「ありえないしw」と思っていたのですが、夢で見た同じアングルで歌っているSMAPの姿が被災地にありました。
びっくりしたー。
井上円了先生には鼻で笑われちゃうかもだけどwww



・ウィアスマDVDでの「SWING」内挨拶では、木村さんの挨拶が長すぎて中居さんのが短すぎた。中国公演でそこにこだわった話し合いを持ったのは中居さんのリベンジだろうか、とか思ったりww



・名言ありすぎ。さすが中居無双。



・「何か自分にできることをすると、その人たちが、子どもじゃねえのっていう顔して笑うの(木)」
木村さんもしばしば子どもみたいな無邪気な顔で笑ってんじゃないですか、コンサート中、キメ顔とキメ顔の合間でwww



・山手線車内ポスターにもなってた、5人それぞれの写真。吾郎さんかっこええなあと思ったら、「あみだくじ」の時のだったwwwいつでもどこでもかっこええということですねっ。

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アイ・ハヴ・ア・ドリーム

「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」
http://www.musical-za.com/STAGE/ihave11/stage.htm



9月25日(日)六行会ホール



友人が出演するということで、観劇しました。
もともとミュージカルは苦手なのでちょっと不安にもなりながらwww



舞台はアメリカ南部のモントゴメリー、奴隷としての黒人は解放されたものの、人権はまだ充分に確立されておらず、白人から理不尽な扱い(バスの座席着席不可、水飲み場やトイレの区別等)を受けていた時代。
貧しくとも肩寄せあって暮らすジャネットとマイクの姉弟だったが、不当解雇されて自棄になったマイクは、黒人コミュニティの中でもマルコムXと通じる過激な一派に身を投じる。ジャネットはそんな弟を心配する。
彼女の職場の同僚フィリスは、バス会社の御曹司トムと婚約を発表する。フィリスはほんの少し黒人の血が入っただけの、見かけは完全に白人の女性、トムは人種差別に反対するリベラルな青年だった。
そんな折、疲れきってバスの席に座ってしまった黒人女性がバスから引きずり降ろされ逮捕される事件が起きる。
キング牧師はこれに反対し、全ての黒人がバスを利用せずに生活するように呼びかける。非暴力で社会に訴える道を示したのだ。



この話は、以前何かのドキュメンタリーで見たことがあった。片道3時間以上もかけて職場と自宅を往復する黒人の列は、途切れることなく毎日毎日1年近くも続いたとか。
3時間以上というと、東日本大震災の日、私が歩いて帰った道のりとだいたい同じだ。これを行き帰り、1年も。
その光景を想像した。
貧しい人たちが、男も女も、老人も子供も、励ましあいながら歩き続ける。
職場に着いたら過酷な労働が待っているかもしれない、心ない言葉や嫌がらせに合うかもしれない、それでも、ただひたすら毎日歩く。非暴力で戦い続ける。いつか訪れる希望の日のために。



このミュージカルでは、私がその時想像した道の様子が見事に再現されていた。
客席と舞台という一面でしか向き合えない場所でありながら、まるで前後左右が人で溢れているようだった。
これはたぶん、歌声の素晴らしさだと思う。
特に主役4人の声がたっぷりと会場の隅々まで広がって、ミュージカルスターの格というものを見せ(聞かせ)つける。
人間の声ってこんなに届くんだと、驚いた。



史実に基づいた話というのも興味深かった。
キング牧師とマルコムX、KKK(クー・クラックス・クラン、白人至上主義の過激な集団)のトライアングルのまっただ中で、黒人たち白人たちは悩みながら自分の信じる道を見つけていく。
キング牧師とマルコムXは全く姿を見せず、ただ伝聞として伝わってくるだけなのだが、そのトライアングルの中で生きる市井の人々の存在感が更に増す演出だったと思う。



キング牧師とマルコムXが同じ時代の人だというのを知らなかったので、家に帰ってから調べてみた。二者がお互いのことを意識していなかったとは思えないので。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2



すると、キング牧師の非暴力主義の勝利後、ブラック・モスリムと手を切ったマルコムXがキング牧師に会いたがっていたことを知った。
その願いが叶う前に彼は暗殺されてしまうのだが、会う前だったことをキング牧師は特に嘆いていたという。



舞台が終わってからも、私の知識欲や脳や心がざわめくお芝居は、いいお芝居だ。←ナマステのことわざww
顔を黒く塗ってるけど日本人じゃん、とか、急に歌い出すのかよ、というツッコミは正直あったんだけども、最後にはそういう雑音を吹き飛ばすだけのパワーがありました。
素晴らしかったです。



友人さんがどこに出てくるかという予備知識なしで見ましたが、あっさり見つけました(笑)。
顔が黒くても地味な衣装でも、やっぱり目立ってます。
ダイナマイトボディの娼婦役の女性たちの胸とウェストと腰と脚にうっとりしてましたが、彼女だって脱いだらすごいんだからねっ!と心で叫びました。見たことないけどきっとそうwww
これからもミュージカルスター目指して突っ走ってください。
あ、彼女宛の花輪にまず笑いました。会社一同みたいなwww職場まで巻き込んで打ち込むその姿、かっこいいっすよ!!

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