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「ザ・マスター」(2012・アメリカ)

「ザ・マスター」(2012・アメリカ)



http://themastermovie.jp/



(ネタバレ注意?)



私の映画マスター・葉月様からオススメされたこちら。ポール・トーマス・アンダーソン監督作品はナマステ初体験です。
映画を観る時、自分の経験とシンクロさせるか(「桜、ふたたびの加奈子」みたいに),自分の感情とシンクロさせるか(楽しいインド映画、怖いホラー映画、とか)だと思ってたんだけど、この映画は違った。
最初から最後まで、ガラスの向こうで繰り広げられている物語を観ているようだった。壁だらけ。理解されたいとか思ってないのかこの監督は。



第二次世界大戦終戦により、アメリカ軍兵士のフレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)が帰還する。アル中の彼は怪しいカクテルを作って飲み続ける。オイル、薬品、工業用アルコールなど、ありとあらゆる液体を混ぜて作った彼のカクテル(内容はバラバラ)は、行く先々で人を魅了し、また関係を破滅させていく。
そのカクテルを振る舞い続け、とうとう老人を瀕死の目に遭わせてしまったフレディは、働いていたキャベツ農場から追われ、ある豪華な船に逃げ込む。
その船には、新興宗教の教祖ランカスター・トッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)が乗っており、フレディは彼にもカクテルを振る舞う。
トッドは精神の不安定なフレディを鷹揚に受け入れるが、トッドの家族はフレディを疎ましく思いはじめる。



ストーリーを書いていて、こんな話だっけ?と思う。
なんだろうなー、最初から最初まで観ている者を拒絶するような、おさまりの悪い緊張感。
フレディのデンジャラスさは猟犬のようで、トッドだけに忠実、トッドだけに心を許し、トッドだけと庭でじゃれあう。
フレディがトッドの宗教団体と共に行動しているのは、一時的に隠れる場所を確保しているのだろうから意味がある気がする。
でも、トッドがフレディに執着というか一緒にいる(飼っているといってもいい)のは、理由がよくわからない。
得体の知れないカクテルはただのきっかけで、剣呑なフレディと彼が一緒にいるには理由が弱い。
マスターとしてフレディを救わなければならないという使命感なのか。だがそれだけではない気もする。
おまけにかなりうさんくさい。
いわゆるスピリチュアル系。「ムー」愛読者だった私は、こういう世界は小学生で卒業したんです。別にスピリチュアル系の人を否定はしないけど、寄るな触るなほっといてくれタイプ。



フレディは気まぐれで自由で、モラルがなく、罪悪感すらなく、平坦と怒りしか感情のない男。に見える。
人間の理屈の外側にいる存在。だからトッドは憧れてるんだろうか。
時折軽快な音楽が流れるユーモラスなシーンもあるのに、このどうしようもない閉塞感はどうしたことだ。
いつも社会とうまくいかないフレディと、ある程度の成功をおさめていることでかえって世界を小さくしているようなトッド。
説明は一切ない。観ている側に、なかなか開かない(そもそも蓋がないかもしれない)箱を渡されてるみたい。
最後、小さな驚きの言葉がトッドの口から語られる。すると、いくつかの不思議なシーンが思い出されて、「え?そういうことだったの?でも私の思ってること正しい?」と確信がもてずに混乱しつつエンド。
もやもやするわー。



先週観たインド映画では「エンドはハッピーじゃないと♪」って主人公が言ってたのに!のに!!
いや、これはこれでハッピーエンドかもしれないんだけども!



わかりやすい成功/失敗や外見では、人の本質や考えていることはわからない。
明るい人でも本当は傷ついてるかもしれない。メディアで見せているあの人の顔は嘘かもしれない。社会とうまくやってるような人が、とてつもないインモラルを抱えているかもしれない。
歳をとるにつれて、若い頃のように警戒なく初対面からあれこれ話せなくなった気がする。…違うな。あれこれ話すデータより下層に新たな重いデータが増えてきたようなイメージか。
何が真実か、なんてわからないものね。
世の中にあふれるスピリチュアル啓蒙書の脳天気さと薄っぺらさを裏側から黒く塗り、半村良「岬一郎の抵抗」から日本色を抜いてアメリカ色を注入したような。
ああもう説明しようとしたけど無理。
何か大きなものの一部を、ざらりと触っただけのような気がする。
名優たちの重い演技と、印象に残りまくる映像はとにかく好きです。
繋いだ短編小説のような映画を、ぜひ観てください。←説明をあきらめたらしい(笑)

そして教えてください。私がいったい何を観たのかを。



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「恋する輪廻~オーム・シャンティ・オーム~」(2007年・インド)

「恋する輪廻~オーム・シャンティ・オーム~」(2007年・インド)



http://www.uplink.co.jp/oso/



「桜、ふたたびの加奈子」を観た一週間後、同じ生まれ変わりを扱ったインド映画を観ました。
いやー、違うね!(爆笑)
マサラ回?とかいう上映回で、観客が拍手する歓声あげるクラッカー鳴らす、そして、踊る!!
サリー姿の人もいて、おまいら本当に日本人か!?のノリ(笑)。
私も楽しみました!
木村拓哉にガラムマサラを練りこんで熟成させたような大スター、シャー・ルク・カーンが主役。



1970年のボンベイ、脇役俳優のオームは、人気女優のシャンティに恋をする。だがシャンティは大プロデューサー・ムケーシュと極秘で結婚していた。妊娠を期に結婚を発表したいシャンティが邪魔になり、ムケーシュは彼女を殺してしまう。助けようとしたオームも巻きぞえになる。
妊娠した妻を病院に運ぶため車で偶然通りかかった有名俳優に、病院にかつぎ込まれたオームだったがその病院で亡くなってしまう。
有名俳優の妻は、オームの生まれ変わりを産む。
30年後、自ら有名俳優となったオームは前世の記憶を取り戻し、ムケーシュへの復讐を計画する。



ボリウッドを舞台とした映画なので、有名俳優有名女優がやたらカメオ出演しているらしく、出てくるたびにわき起こる歓声と拍手。映画館でwww
ちゃんとインド女優さんそれぞれのアピールポイント(胸とか脚とか腰の動きとかコケティッシュな表情とか)を取り入れた踊りで、短い時間で見せ場がありました。
ストーリーも伏線(加奈子と比べると太くて大ざっぱな)があって、かなり面白かったです。
笑わせるところは笑わせ、泣かせるところはちゃんと泣かせる。
インド映画でお馴染み、A・R・ラフマーンの音楽よりも現代的で打ち込み多く、でもやっぱりインド映画音楽でノリノリでした。パフュームさんの曲がインド映画とシンクロ率高いように、テクノとインド映画はかなり親和性があると思う。
映像は鮮やかでキラキラでフワフワで、ヨーロッパ風のドレスなども重すぎず、でも顔立ちが濃いから非常によく似合う。
3時間が文字通りあっという間だなんて!さすがですボリウッド!!



あと、ムケーシュ役の俳優さんがスタイル良くて素敵でした。悪役独特の冷たさと背の高さで、アルマーニとか絶対似合いそう。他の俳優さん(シャー・ルク含む)の衣装がキテレツすぎて、インド人なら似合うけど日本人それ絶対無理だから!なシャツとかネクタイとか!(笑)
あと、シャー・ルクのTMレボリューション的ずぶ濡れシーン(?)での体が良すぎて笑うしかない。ソフトマッチョどころじゃない。首太く肩も腕も筋肉盛り上がり、腹筋にがっつり筋肉ついたまま割れてる感じ。ボディビルダーほど極端になってないところが好ましい。
スターだ。間違いないわ。
またインド映画観たい。拍手したいし踊りたい(笑)。てかこの映画のDVD欲しいかも。

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「桜、ふたたびの加奈子」(2013・日本)

「桜、ふたたびの加奈子」(2013・日本)



http://sakura-kanako.jp/



(ネタバレ注意)



新津きよみの原作が思い切り地味だったので、ドラマならともかく映画?と少し不安になってました。偶然が重なりすぎるとリアリティなくすしね。
結果、ストーリィの改良によって、不安が裏切られた感じで良かった。映画のほうが私は好きです。
母親の子供に対する愛情のドラマという側面と、ミステリーという側面の割合がちょうどいい。
ただ、佐内河内守氏の音楽は単独で完成しているので、ちょっとちぐはぐな気がしたシーンも幾つかありました。
佐内河内氏の音楽はよく考えて使用しないと、映画という器のほうが壊れちゃうんじゃないかとハラハラしたり。
要不要が評価別れそうなラストについては、私はいいと思いました。だって、ちょっと気になったシーンではあったけど、まさかあの伏線がこう繋がるとは思わなかったもの。
構成うまいなー。
主となるストーリーの後ろで伏線が動いていき、気にもとめてなかった小さな小さな伏線で締める。
栗村監督は、人間の矛盾した気持ちや、日常のこだわり(食事とか花鳥風月とか)、死への悼みを大事にしてる人なのかもしれないと思った。



容子(広末)と信樹(稲垣)は、一人娘の加奈子と共に緑多い足利市で暮らしている。
小学校入学式の日、娘は交通事故で命を落とす。母親は娘の死を受け入れられず、失意ののちに自殺未遂を起こす。その後、容子は目に見えない加奈子が戻ってきたと言い、食事を用意するようになる。とまどう信樹。
ある夜、容子は何かに導かれるように正美(福田)という女子高校生と出会う。正美は妊娠していた。
正美の出産した女の子が、加奈子の生まれ変わりだと信じる容子。容子の思いは日ましに強くなり、正美の子を養子にしたいと言い出す。



お葬式の棺桶が運び出されるシーンで始まるが、棺を運ぶ人数が4人と少ない。つまり小さな棺で、参列者に小さな子供もいるので、亡くなったのが幼子だと分かる。
人が亡くなるのはいつも突然で、後悔するのもいつも通り。天災とか事故とか介護の末とか関係なく、いつも突然。
それでも、記憶はいつも分岐点とを行ったり来たり。あの時ああすれば、もっとああしていれば、と後悔してばかり。誰かのせいにできれば楽なのに、気持ちがそれを許さない。
ソファに横になったままの容子、死亡届の字が乱れてなかなか書けない信樹。自分たちの外を流れていく、以前と同じ日常。
自分の心が空になる喪失感を抱えているのに、毎日が同じように流れていくことが、私は一番つらかった。
何故、私以外の人はいつも通りに暮らしていけるのだろう。まるで一枚の薄い膜を隔てたように、他人の存在がふわふわと希薄で、たよりない。
引き裂かれ、取り残される。
桜に慰められるのは、蕾が膨らんで咲いて散る変化の様子が、日常とはかけ離れているからかもしれない。散りゆくことで、また来年の開花を予感させるからかもしれない。



栗村監督のハッキリした映像と、繰り返し挟み込まれる川の流れ、知恵の輪の鈍い輝き、道ばたの花、静かなのに優しく、よくあるものなのに少し息苦しい。
「弱く見える人ほど本当は強い」
そうかもしれない。
広末さんがまさにそういう母親の役を演じていて震えた。日常に良く似た異世界を覗いた者だけが持つ、凄みと怖さ、もう一歩踏み込んだら鬼にもなろうかという美しさ。
対する稲垣の、戸惑いの混じった優しさもまた素晴らしい。妻がオカシなことを口にし始めた時に、見守る決断ができるほど強い男というのはどれだけいるんだろう。
原作では離婚してたけど、そっちのほうがリアルなんだろうなと思った。



生きている(生きのびてしまった)者は、死者にただ謝りたいのかもしれない。一言、「ごめんね、さよなら」と。
きっとそうだ。
咲き誇り、散っていく桜に向けて。
自分もいつかきっと、死者の列に連なるのだと。
そしてまた、日常に帰っていく自分を見守ってほしいと願う。





ふたたびの加奈子 (ハルキ文庫)ふたたびの加奈子 (ハルキ文庫)
価格:¥ 560(税込)
発売日:2012-11-01

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「二都物語」atシアターオーブ

「二都物語」atシアターオーブ



http://nito-monogatari.jp/



(ネタバレ注意?)



古代日本、ヤマタイ国とクナ国が舞台となる物語。ヤマタイよりもクナのほうが大国で、社会の仕組みも生活水準も充実している。
ヤマタイで反乱が起こり、女王ヒミコに代わって弟ナシメが権力を握る。スクネ(草なぎ)はその混乱に乗じてクナに渡った。
クナに住むサクヤ(堀北)は、投獄されていた父サイシ(大杉)が釈放された報を聞き、ヤマタイに向かう。サイシとサクヤが再会し、クナに帰る船でマナコ(小澤)と出会い、交流するようになる。
マナコは実はナシメの息子だったが父と意見が合わず、クナに亡命し学問を身につけようとしていた。
しかしマナコはナシメの陰謀であらぬ疑いをかけられ、裁判になる。彼が無罪を勝ち取るきっかけを作ったのがスクネだった。
サクヤを愛するようになるマナコ、スクネが気になるサクヤ、何か暗い過去を引きずっているスクネの三角関係が、ヤマタイとクナの間で繰り広げられる。



まず、初めて入ったシアターオーブの舞台の大きさ、天井の高さ、セットのデカさに驚いた。椅子のほどよい堅さが心地よい。
そして始まった時の音の良さ。音楽にふうわりと包み込まれ、肌で直接聴いているような感覚に(文字通り)鳥肌がたった。音響設備がすごいんだろうな。
普通のお芝居の普通の演出では太刀打ちできなさそうな会場だなと思った。演者が小さく見えすぎるんじゃないかと。
この「二都物語」も、半分ミュージカル形式(?)になっていて、しかも皆さん歌が素晴らしい。巧いだけじゃなく音色というのかスパーンと通る声で、ミュージカルの上級クラスの人たちがバックに揃ってるんじゃないだろうか。ちなみに主演の方々はあまり歌いませんけども。
テンポよく、笑いあり涙あり、驚愕のラストまで3時間、この長い原作をよくここまでまとめたなと思いました。



実は私、草なぎさんの舞台を初めて拝見しました。
スクネのナイーブさや偽悪的なところがはまってました。二の腕に盛り上がったソフトマッチョな筋肉とか、見事すぎてもうそれしか見えない(笑)。
多少セリフがカミカミで、しかも一回カミカミになるとしばらく引きずってしまうところはありましたが、魂を叩き込むような演技に引き込まれました。
草なぎさんは思ってた通り、(ダークな役柄に)真っ正面から真正直な演技だったのですが、堀北さんも同じタイプの演技だったのがちょっと意外でした。顔小さくて首から背中にかけてのラインが華奢で美しく、ふんわりした声だけど真っ正面vs真っ正面みたいな掛け合いになってて、恋してる割には少し息苦しかったような。
2人の演技になると、間もちょっと悪い感じでハラハラしたり。これは初日だったからだと思うので、これからきっと噛み合っていくんだろうな。そういう成長を見届ける楽しみもあるから舞台って好きさ。



これも意外だったのは、草なぎさんと堀北さんの真っ正面系に対して、小澤さんがけっこうまるめこみ系の演技だなと思ったり。この舞台でまるめこみ系のトップは橋本じゅんさんだと思うんだけど(2番目が高橋恵子さん)、息詰まる三角関係をいい塩梅に緩めてくれてたのがお坊ちゃまマナコ役の小澤さんだったと思う。
最近注目している三浦貴大さんは、出番は少なかったけどこれからいいまるめこみ系になりそうな俳優さんかも。そんなに目立たないんだけどなんとなく気にかかる。これから楽しみにしてます。



殺陣のシーンでは、堀北さんがびっくりするぐらいの鋭さを見せていて驚いた。草なぎさんの動きはいつも身軽くてそこだけ風が起きているようだった。
この2人は、どれだけ他に演者がいようと目立っている。スターってこういうことかなと思った。



あと、大杉レンレンは老人の役なんだけど、ずっと杖をつきながら中腰で演技していた。その体勢から声を出してて、なんかもう説明できないぐらい凄かった。存在が舞台と一体化してるような、それぐらい凄い感じ。また吾郎さんと舞台で共演してください。(どさくさ)



緊張感とスピード感のある、こちらの感情を揺さぶられるような舞台でした。
明るく楽しいだけでなく、喜怒哀楽の中の「怒」と「哀」が刺激される重いストーリーのほうが私は好きみたいです。
2国間の政治的関係や交易の内幕とかあまりなかったから、原作読んでみようかな。知人からは「カラマーゾフの兄弟」を強烈にオススメされてるし、読みたい本がいっぱいありすぎるんだけど(笑)。







二都物語 (上巻) (新潮文庫)二都物語 (上巻) (新潮文庫)
価格:¥ 662(税込)
発売日:1967-01-30








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