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朽ちていった命 -被曝治療83日間の記録-

「朽ちていった命 -被曝治療83日間の記録-」
NHK「東海村臨界事故」取材班(新潮文庫)





以前、医師団の記者会見がニュースで流れていたのを覚えている。
東海村JCOで起きた臨界事故で被曝した人が亡くなったことをその時知った。
「原子力防災の施策のなかで、人命軽視がはなはだしい。現場の人間として、いらだちを感じている。責任ある立場の方々の猛省を促したい」
当時はここまで覚えているわけではなかったが、医師たちが感情を口に出し、しかも他の業界に提言しているのを見たのはたぶん初めてのことだったので、ずっと記憶に残っていた。
医療の現場で何が起きたんだろう。彼らはいったい何を見たんだろう。
何ができて、何ができなかったんだろう。

この本は、東海村の事故で最大の被曝(20シーベルト。8シーベルトで死亡率100%)をした患者が亡くなるまでの、83日間の医師団の闘いを描いたドキュメンタリーだ。

でもそれは、闘いとすら呼べない、絶望的なものだった。

中性子線被曝というのは、ものすごく細い無数のワイヤーが体中を一瞬にして突き抜けるようなものだとどこかのサイトで読んだことがある。
そのワイヤーは、細胞のDNAをズタズタに切り裂いて通り抜ける。
つまり、皮膚、血液、内蔵などの細胞分裂が行われなくなるということだ。
人間は、約一ヶ月で体のほぼ全ての細胞が生まれ変わるとか。ただし、細胞が入れ替わらない脳や神経細胞を除いて。

つまり、体中の異常を神経は変わらず伝え続け、脳はそれを感じ続けるということだ。
寒気がする。

治療にあたった医師は、患者を最初に見た時に「救えるのではないか」と思った。それほど患者の印象は元気だった。
だが、それは間違いであることがすぐに判る。

血液の異常、擦った皮膚は赤剥けのまま再生せず、体内の粘膜はすべてはげ落ち、呼吸困難を和らげるため人工呼吸器をつける。


妹からの造血幹細胞の移植は定着したように見えるが、再生した粘膜は他の細胞から攻撃されて消えていく。

人工呼吸器によって会話ができなくなる前、患者の大内さんは「おれはモルモットじゃない」と訴えた。が、すぐに個人の意志は体の不調に飲み込まれる。

医師たちは毎日変わる容態に、その都度療法を考えるしかない。完全に後手後手に回っている。
医師たちも看護師たちも、できることを懸命にやっているが、崩壊していく人体に対してできることは圧倒的に少ない。

絶望しかない状況で、ひたすら生きようとする大内さんの生命力に驚かされる。
そんな陳腐な感想しか書けないほど、その残酷さは想像を超えている。
「朽ちていく」のは大内さんの命であり、意志を持つ人間としての存在であり、家族から医師への希望であり、医師から現代の最新被曝治療への信頼でもある。
毎日、毎日、裏切られ続け、医師と看護師たちが大量の輸血とモルヒネと強力な薬剤に頼り続ける虚しい闘いで職業意識や気力をすり減らす中、家族はただひたすらに医師たちを信じ続ける。

家族は最後まで治療を望み、治癒を信じて延命治療を止めようとはしない。
その言葉少ない強い意志は、弱まった医師たちの精神を支え、あきらめさせなかったようにも思える。
用意された別室で、丁寧に折り鶴を作り続ける家族たち。折り鶴は最後に1万羽近くにもなった。

比較的厚みが薄く文字も大きいので、すぐに読み終えることができる本だと思うが、その内容は濃く、重い。
著者の感情を交えず、淡々とシンプルで、専門的な部分もかみ砕いてあるので判りやすい。
医師としての迷い、家族の想い、周囲の人々の困惑と無力感がダイレクトに伝わってくる。

助けようとする意志、祈り、生きようとする生命力そのもの。
医療という科学に対して、そんなこと言うのはおかしいのかもしれないけど、大内さんの83日間の戦いを支えたのは、細胞幹移植や薬剤だけではなかったように思える。

本人の意志を無視して生存させるべきだったのか、そもそも自分の生命のことを自分以外の人間が決めていいのか、家族や医師の自己満足じゃないのか、だがあるいは“助けたい”気持ちは理屈じゃないのか。

いろんなことを考える。

臨界に達した時の「チェレンコフ光」は、、荷電粒子が物質中を運動する時、荷電粒子の速度がその物質中の光速度よりも速い場合に青い光が出る現象だという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%95%E6%94%BE%E5%B0%84
アインシュタインは、光を追い抜けるものは存在しないと言ってなかったか?
チェレンコフ光を浴びた者は、もしかしたら神の領域をかいま見たのではないか。私は無神論者だが、畏怖をもってそんなふうに思う。
それほど、ウィキペディアに載っている青い光の写真は美しい。

仏と違って、神は怒るし呪う。
人間の遺伝子だけでなく、柔らかで優しい気持ち、いろんな関係性をズタズタにするのだ。中性子線というものは。

大内さんのご遺体で、ほとんどの筋肉細胞が破壊され尽くす中、唯一きれいに残っていたのが心臓だったという。
検死解剖を行った法医学教室教授はこう語る。
「私には、大内さんが自己主張をしているような気がしました。(中略)心臓は、大内さんの「生きたい」という意志のおかげで、放射線による変化を受けずに動きつづけてこられたのではないかという気さえしました。
もう一つ、大内さんが訴えていたような気がしたことがあります。
それは放射線が目に見えない、匂いもない、普段、多くの人が危険だとは実感していないということです。そういうもののために、自分はこんなになっちゃったよ、なんでこんなに変わらなければならないの、若いのになぜ死んでいかなければならないの、みんなに考えてほしいよ。
心臓を見ながら、大内さんがそう訴えているとしか思えませんでした」

私はこの言葉を、科学とかけ離れた情緒だとはどうしても思えない。
なぜなら、科学は人とともにあるべきだと思うから。
故カール・セーガン博士はこう言った。
「科学にとっていちばん貴重なものはなにか?相対性理論、量子力学?
いやいや、そんな一つ一つの理論をとやかくいうつもりはありません。
いちばん貴重な物は科学自身に”エラー修正機能”が組み込まれているということです。
そして似非科学と決定的に違っているのは、本当の科学のほうが、人間の不完全さや、誤りやすさをずっと認識している点です。むしろ「人間は間違うことを断固として認める」ぐらい積極的な機能をもっているのです。
ですから、誤りを含んだ科学と似非科学はまったく異質のものなのです」


「象」新国立劇場・小劇場(2010年3月)
http://namaste.blogzine.jp/blog/2010/07/20103_1d6f.html








朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:2006-09

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