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「バンブーハウスの岩おじさん」('94 中国・雲南省)

カンランパは何もない田舎だった。多少暑いぐらいの日差しと、柔らかな風が吹いている、夜になると星がきれいな、普通の村だった。
一ヶ月間の中国旅行の途中だった。憧れの内モンゴルで自分のルーツ(頭デカイ、寸胴、足太い)を確認したわたしは、今度はずっと南、ミャンマーとの国境付近にいた。その辺りの中心地である西双版納(シーサンパンナ、景洪とも呼ぶ)では道を歩く少数民族を見るつもりでいた。小さな空港からバイクタクシー(ヘルメットを被らないのはやっぱり気持ちいい)に乗って到着した町は、町と呼ぶには小さくて、半日も歩き回れば充分だった。
宿はけっこう立派なホテルで、シングルベットは広く、安っぽいパステルカラーのピンクと緑で縁取られていた。夜になると(昼間もだが)蟻が這いずり回って身体中を噛むので、最初の一日二日は安眠出来なかった。それでも噛まれるチクッとした痛みにはすぐ慣れてしまったが、困ったのは奴等がわたしの楽しみに取っておいた月餅ゴマ味にも手を出すことだ。この月餅は包装が二重になっていて、中身は大丈夫なのだが、外側の包装ビニールからは簡単に入られてしまう。朝起きて見たら、まるでゴマがこぼれ出したかのように蟻がたかっていた。
月餅と地元名産の雲南茶で朝食を取りながら、ガイドブックを開くとそこにカンランパの文字があった。乗合バスで約1時間、ここより更にのんびりしてそうだが、朝市で賑わうと書いてある。もう既に朝ではない気もするが、名残ぐらいはあるだろう。
だが、甘かった。外に出ていたであろう露店はあらかた取り込まれ、しょうがないので(?)おこわを買って食べた。これが日本のおこわと同じ味だ。ただ、ここの場合は赤いもち米を使うので材料そのままの色なのだった。白く大きなインゲン豆みたいなのも入っていて、モチモチっと美味しい。このおこわを売っている少女に「これ、ちょうだい」と日本語と中国語で言ってみたのだが、彼女は「プードン(判りません)」と2回言って、恥ずかしそうに隣のおばさんの背に隠れてしまった。
そういえば、前日、道端でシシカバブを売っていたおばさんに同じようにしたら、おばさんは笑って「あたしゃ駄目だよー」というように自分の顔を両手で隠し、「待っていろ」のしぐさをして近くの家に入っていった。しばらくすると娘さんらしい少女(小学生だろう)が出てきて、おばさんの代わりに被写体になってくれた。そこのシシカバブも辛くて美味しかったなぁ。
ふと気づくとフィルムの在庫が無くなっていた。あと1本残っていると思い込んでいたので、安心していたのが失敗だった。この村ではどうみてもフィルムを売っている気配はない。小屋のような唯一のマーケットのショーケースの中身は、鉛筆数本、ほこりの被ったカセットテープ、錆びたネジ、形の不揃いなスプーンとフォーク等、何でこんなものを御大層に陳列しておくの?といった物ばかりだ。
それにしても朝市も見たいし、ここの人や風景も撮りたい、でもフィルムは無い。ということで一旦西双版納に戻り、明日また来ることにした。
次の日、やはり朝市が見れる時間には起きれなかったわたしは、またもそもそと月餅を食べながら、ガイドブックを覗くと、バンブーハウスという名の宿が紹介されていて、ゴーセイな昼食が安く食べられるとある。期待に胸膨らませてそこを訪ねると、バカボンのパパ似(ジェームス・ブラウンにも似てる)のおじさんが応対してくれた。言葉が通じないので、宿泊していた日本人が通訳してくれたところによると、ここでは昼食はやっていない、宿泊するならば1泊2食つきで○○元(はっきり覚えてないけど西双版納で素泊まりしているとこの約1/8の値段)だ。かばん1個の軽装だったが、その日本人の「スッゲー旨いモン、食わしてくれますよ」の一言に、1も2もなく宿泊を決めた。
さっきのバカボンのパパおじさんが籠を持ってきた。これから夕食のおかずにする魚や野菜を取りに行き、午後2時か3時くらいから調理を始めるのだそうだ。おじさんはニコニコと嬉しそうに、わたしとわたしのショルダーバックを指差して何か言った。「昨日、そこの道を歩いてたでしょう?って言ってる」その通りだ。「見てたんですか?」と言ったらニコニコ顔をもっとくしゃくしゃにしてうなづいた。それがバンブーハウスの主人、岩光(アイゴン)おじさんだった。

バンブーハウスはその名の通り、竹でできた高床式のホテルで、床下にはニワトリが住んでいる。日本の基準でいえば小屋に近い。電気は通っていないので、夜になるとランプが灯される。もちろん、テレビ、電話、冷蔵庫なんて無い。共同トイレは外にあり、シャワーは水(1泊だけだったので使用せず)、3畳ほどの部屋にはちょっと湿っぽい布団(ベッドではない)が二組と蚊帳があった。
とりあえず、何もすることが無いので本を読むことにした。そこいらにある色褪せ凹んだソファに腰を下ろす。何しろ四方も床も天井も風通しが良いので、なかなか気持ちがいい。青竹踏みの効果もありそうだ。
あんまし気持ちがいいのでついウトウトしていたら、岩光おじさんが戻ってきた。何やら籠が山盛りになっている。おじさんは魚をさばき、パイナップルをくりぬき、野菜を刻み始めた。とてもマイペースでリズムがあって楽しそうだ。辺りに白い湯気が立ち込める。ウトウトしながら半分夢のような気分で「エプロン、汚れてるなぁ」などと思っていた。おじさんとエプロンは微妙にミスマッチだった。
バンブーハウスの夕食を日記にはこう書いている。
『パイナップル入りの、例の赤いモチ米(パイナップルをくりぬいて作った器入り)、魚(おじさんが川で採ってきた)の蒸したもの、豆腐の辛いの(でも白味噌に似てる)、にんにくの芽の辛いの、白菜の辛いの、ちまきの形をしたつみれ(辛い)、スープ(辛い)、結局全部辛いんだけど、おいしい』
そして、当然のように40度もあるらしい強いお酒が出される。飲み干さないと怒られるし、飲むとまた注がれる。こういった酒はさっさと飲まないと喉を通るものじゃないので、お茶と交互に飲むことにする。内モンゴルのお酒も強かったが、ここのは文字通り喉が焼ける強さだ。次々と杯は重ねられ、2本目が出てきた頃に宿泊客の一人がつぶれた。誰かが持ってきた日本酒が水に感じる。まだ夜の8時なのに寝転がる者続出。連泊している日本人によれば、これが毎晩続くらしい。下戸にとっては地獄だろうと思う。
一休み・・・岩おじさんがデザートのパイナップルを切ってくれる。が、また酒盛り。食事(つまみ?)もあらかた無くなったところで出てきたのは、ただの葉っぱ?と思いきや魚のたたき(辛い)を包んで食べるのだという。酸味のある葉だ。たぶん消毒の意味とかもあるんだろう。
ここに来て、岩おじさんは奥さんに酒を取り上げられ、めっちゃ怒られている。わたしたちは笑い転げた。酒盛りも毎晩なら、奥さんの怒鳴り声も毎晩で、それでやっとお開きになるのだそうだ。
すっかり酔っ払ってしまったので、つぶれていない日本人の4人と外に星を見に行くことにした。それほど涼しくはないが、暑いというほどでもない丁度いい風が、酒でほてった頬に気持ちいい。カンランパの人たちは外に椅子を持ち出して夕涼みをしている。わたしたちは近くの川まで歩き、船着場のコンクリートに直に寝転んだ。昼間の太陽の温もりがまだ残っていて、背中がぽうっと暖かくなった。
誰からともなく、旅の出来事や出会った人の話が始まる。友人のこと、大学のこと、将来の不安、とにかく何を話しても良かった。答えも出ない代わりに、何でも聞いてくれる人たちがいる。日本では知り合う筈がなかった人たちと、この土地で同じ時間の中にいる。それはとても不思議なことのようでいて、実は何でもないことなのかもしれなかった。川は静かで、星はただ美しく、背中はぽかぽかで額は冷たい。ここでは普通のことなのに、わたしはスペシャルなことだと感じている。少し、寂しいような気がした。

コケコッコー!
まだ真っ暗な中、オタケビで目が覚めた。しばらくすると柱時計が3回打った。たとえニワトリがうるさかろうが眠いものは眠い。攻撃の合間をぬって負けずに眠ることにする。高度な技だが、休みの日にすぐ前の道路で工事が始まった時でも意地で寝ていたわたしだ。寝ることにかけてはちょっと自信がある。
二日酔いでへばっている一人を除いて、7時頃には皆ぞろぞろと起きてきた。朝食は米で作ったきしめんのようなもの(スープは少なく、やっぱり辛い)。昨夜死ぬ程食べたはずなのに、美味しくて2杯も平らげてしまった。
さて、今日は飛行機で西双版納を離れなければならない。少し早いが清算を済ませると、おじさんがとても寂しそうな顔をした。「また来るから」とわたしは本気で言った。
日記にはこう書いている。
『竹でできたスプーンをもらい、玄関でも悲しそうだった。わたしがこんなに悲しい顔をさせたのは、岩おじさんと母ぐらいかもしれない。おじさん、いろいろどうもありがとう。わたしは一生バンブーハウスとおじさんの悲しそうな顔を忘れられないだろう。また中国に来たら、絶対泊まるからね。新しい真っ白なエプロンをお土産に持って、1週間でも2週間でも泊まるからね。』

けれど、おじさんはもういない。一昨年の8月1日、ガンのため50歳で亡くなったことを知った。底抜けの笑顔も、少し照れたようなおせっかいも、もうこの世から無くなってしまった。再びわたしが訪れて、エプロンをプレゼントした時の顔を見たかったけれど。
目の前には、おじさんから貰った竹のスプーンがある。少しほこりを被って、いびつな形をしている。
岩おじさんはあの酒盛りの夜、ソファでへばってるふり(本当に酔っ払ってはいたが、実はまだイケた)をしていたわたしに、「一人でいるのは良くない。皆と話をしよう」と言った。「酔っ払ってるから」と誤魔化して言いながら、本当はドキッとした。わたしには一人でいたがる癖がある。それを見透かされたようで、このバカボンのパパに似たおじさんは侮れない、とちょっと思った。
けれど、もうそんなことどうでもいい。カンランパはわたしにとって、いろんなことをひっくるめて安らかな土地だった。
本当に、また、会いたかったよ。

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