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「バクシーシ」('93 インド・カルカッタ)

宿の前には乞食がうろうろしていた。けれど、以前来た時もそうだったし、それをインドの風景の一部だと考えていた。普通の日本人の旅行者だったから金はある程度持っていたけれど、それを出す気は全くなく、僅かな金を与えることが彼らにとって悪い結果を招くような気がしていた。
実際に、安宿が多く集まっているサダル・ストリートの乞食が、外国からの旅行者から金を貰うのを度々目にしていたから、路上の乞食たちはけっこういい暮らしをしているようにさえ思えた。食事の時間になると路上のあちこちから湯気が立ち上がり、ほんのりとカレーの匂いが漂い始めるのだった。
わたしはだいたいゴールデンウィークに旅行に出かけていたが、その時期はインドの真夏、生水は(夏でなくても)飲めないのでミネラル・ウォーターのボトルをいつも持って外出しなければならない。ある日、5、6歳ぐらいの一人の乞食の男の子がわたしの水を指さして何か言った。水が欲しいのかと思って差し出すと、口をつけずに一口飲み(大人も子供もこれが上手。その姿がとてもかっこいいとわたしは思う)、そうじゃないんだという風に先に立って歩き始めた。おいおい、と水に手をかけるとすんなりこちらに渡す。どうやら水を持ってあげるから幾らかのお金をくれ、との意思表示らしい。だが、いくら何も出来ない日本人でも水ぐらい持てるので、笑ってやり過ごした。
インドの子供たちは、わたしの見た限りではとても聡明ではしっこいと思う。
水といえば、こんなこともあった。
カルカッタにある植物園(ただの公園にもみえる)の中には世界最大のバニヤンの樹とかそういった植物の他に、管理人というでもない人たちが普通に生活している。入園料を払ったのがバカみたいに思えるほどだ。
まぁ、とりあえずそこは風も吹いていて過ごしやすかったし、すんばらしくでっかい(大きい、とかじゃなくとにかくでっかい)バニヤンの樹を見ていると何か頭がぼーっとしてきて気持ちよかったから、ベンチに長いこと座っていた。すると、隣に粗末な服を着た女の子とその子の弟らしい子が座って、女の子がわたしの水を指差した。差し出すと、やはり口を付けないで美味しそうに流し込む。その姿は、かわいい、ではなく、かっこいいと思ってしまったぐらい颯爽としていた。ちらっと、うなじの部分が垢でひび割れたようになっているのが見えた。弟にもやっていい?という感じで彼を指差したので、わたしは首をちょっと傾けて「アッチャー(いいよ)」と言った。数少ないヒンドゥー語で名前を聞いたが、あとに言葉が続かない。彼女も笑顔で何か話しかけてくるのだが、さっぱり通じない。しまいには二人して(彼女の弟は既に飽きて、虫をつっついていた)バニヤンの樹の方を向いてぼーっとしていた。何だか不思議とけだるくて気持ちのいい時間だった。

ある日、豪華絢爛なインド映画を観に行こうと思って道を歩いていたインド人に聞くと、あるちょっと離れた映画館を教えてくれた。そこはサタジット・レイ監督の映画を上映するところで、どうもわたしは社会派映画を観たいように思われたらしかった。英語の字幕が流れるのだが、さっぱり判らなくてつまらないのでほとんど寝ていた。タクシー・ドライバーと借金がどうの、の話だったような気がする。
すっかり夜になってしまい映画館近くの屋台で軽い食事をとった。満員のバスに乗って宿近くのバス停で降りると、何となくぐったりとしてしまっていてただひたすら身体を休めたかった。メイン・ストリートを入ってすぐの宿だったのだが、その夜は何だか少し遠いな、と感じていた。
突然、右腕に生暖かいものが触れた。子供がわたしの右腕に掴まってぶら下がるようにしているのだ。真っ暗な中、道で寝ている人たちを踏まないように注意して歩いていたので、本当にびっくりした。驚いて腕を抜こうとするとますます強く握ってくる。いったいこいつは何なのだ。
「チョロ!」
行け、という意味のヒンドゥー語を叫んだ。寝ていた数人の大人たちが少し頭を動かしてこちらを見たようだ。わたしは少しイライラしてきた。こいつはこれで金をせびっているつもりなんだ。
「チョロ!」
さっきよりももっと大きな声で叫んだが、子供はいっこうに手を離そうとしない。ぶら下がるようにしているので右腕が肩から抜けそうに痛い。あまりに重いのと、ただ通り過ぎていくだけの通行人に腹が立ち、頭が混乱してきた。いつもならポケットには小銭が入っているのだが、今夜に限ってさっきのバスに全て払ってしまっていた。今ポケットに入っているのは何かのお釣りでもらった1ルピー札と10ルピー札だ。だが、この暗さではそれが1ルピーか10ルピーかなんて判らない。ふざけやがって、何でこんなに重いんだ。ガリガリのくせにこんな疲れている夜にたかるなんて卑怯じゃないか、ちくしょうめ、てめぇらなんて大嫌いだ、どっか行っちまえ。
わたしはポケットを探って最初に触れた札を子供に押し付けて、情けない気分でホテルに駆け込んだ。
自分の部屋に戻って少しだけ落ち着くと、ポケットから残りの札を出した。残っているのが10ルピーだったらいいな、と思いながら。
出てきたのは1ルピーだった。
外ではオートバイが空ぶかしを始めていて、窓から排気ガスが入ってきた。窓を閉じても既に室内に入ってしまったガスは、天井に付いた大きな扇風機の羽根で攪拌されるだけでどこに出て行くでもない。わたしは敗残者になって疲れと怒りと排気ガスにまみれながら、眠った。
だが、次の日から自分の気持ちに奇妙な変化が訪れた。バクシーシが気にならなくなったのだ。

「バクシーシ」日本語に訳せば「喜捨」という。パソコンに入っている辞書によれば、「自分の財物をすすんで寺社・貧者などに与えること。類義語:寄進・施与」とある。これに何の抵抗も恥ずかしさもなくなったのが不思議だった。誰彼かまわず喜捨するのではなく、誰にも喜捨しない、でもなく、「小銭があってその気になったら喜捨する」という態度になった。子供たちに囲まれて「バクシーシ」の大合唱になっても、足のない男が道端で寝ていても、女がやせ衰えた腕を伸ばしていても、気がむいた時気がむいた奴に喜捨すればいいのだ。小銭が無ければそのまま通り過ぎていいのだ。誰も強制なんてしていない。
もしかしたら、「喜捨」は与えるだけでなく、与えられるものかもしれない。その証拠に、腕にしがみついてきた子供に喜捨したら、その後の旅行に対する自分の気持ちが以前よりも楽なものになった。あの時は気づかなかったが、「小さないいこと」をしたことで心に安らぎや余裕が生まれたのかもしれない。
それから何年かして、自動車の免許を取った。軽自動車を購入し、実際に道を運転してみるとあちこちの小道や店の駐車場から車が出てくる。スピードが落ちていて気がむいた時は前に入れるし、急いでいたりムカついている時にはそのまま通り過ぎる。そして、今度は自分が道路に出ようとしている時にすんなり入れてくれる車があったら軽く会釈し、3秒ぐらいの間「ありがとう」と思う。
驚いたことに、わたしにとって、それはバクシーシにとても良く似ている。
運転しながら、時々あの夜の手の感触を思い出している。冷たく湿った小さな手が、あの時確かにわたしに触れ、檄辛の香辛料のようなインドに麻痺しかかっていた心を開放させてくれたのだと。

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