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2002.11.3 「Drink! Smap! Tour」 SMAP at 東京スタジアム

誤解を招きそうだが、わたしは騙されるのが好きだ。しかも上手に。
映画などはその最たるものだろう。背景やストーリィの細部をリアルに描いただけでは上手く騙したことにはならない。おおざっぱなことをいえば、知識が邪魔をするかどうかなのだが、そんな中途半端な知識なんて蹴っ飛ばすぐらいのパワーが作り手側になければ、ちょっとやそっとじゃ騙されない。
例:「アルマゲドン」(騙されない)←→「猿の惑星」(騙される)
ここ数年、SMAPにも似たような騙されかたをしている。例えるなら、人生経験豊富な男性と話している時の余白というか“遊び”みたいなものを、彼らには感じるのだ。気負わない自分をそのまま出せるほどの自信を持った青年が5人いる。わたしにはそれが「気負わない」演技なのかそうでないのか分からないけれど、彼らの示すエンターテイメントの中ではどっちだって同じなんじゃないかと思う。
同じように、本当は仲が悪いんじゃないかといったこともまた、無意味だ。一般的な意味で、5人の仲がそれほど良いとは思えないし、だからこそ自己主張し合い、それぞれの場所を見つけたともいえるのだろうから。この際、「事実」というのはけっこう些細などうでもいいことだ。
彼らは大人の仕事人たちだ。
若さは強さであると同時に弱さでもあると思う。調子を合わせるのとはまた別種の、すべてを知った上での柳のようなしなやかさを持てないということだから。少し前まで、完璧ではないそれぞれを彼らは補い合い、それでも補い足りない部分を覗かせていた。しかし今年は、無理に補うこともせず、その余白(補いきれない部分)を逆手にとって、“人間ぽさ”としてしたたかに表現していた。
こういうタイプの魅力は、わたしに安心感を与える。

メンバーそれぞれとSMAPの関係は、ベン図でいうとおそらく一部分が重なる5つの円になるだろう。重なる部分(SMAP)は一人一人違う面積なのだろうが、確実にその部分は存在し、しかも強固だ。自分一人であり、また(且つ)同時に、自分以外の4人である、ということは一見特別なことのようだ。
しかし、特にそうでもないんじゃないかと最近では思っている。誰でも仕事や家庭、一人の歴史を持っているし、経験や友人やあるいは秘密の部分を持っている。それぞれがベン図の中で、前後左右あるいは過去未来に、別な円とくっ付きながら存在している。
そして今年、確実にSMAPという部分はわたしの円と触れ合っていた。
なんだ、同じじゃん。と感じた。
明日から、SMAPとわたしは、お互いにお互いのなすべき仕事に戻っていくんだな。そういう類の親近感を感じたのは初めてだった。今まで、どんなにフランクな人間性をアピールされたとしても、親しさには縁がなかったのに。不思議だ。
たとえ一夜に5万1千人を集めたとしても、何百人スタッフがいたとしても、夢の後にはささやかな一人の日常に帰っていく、同じ意識のようなもの。本当に近づくのは面倒くさそうで嫌だけど、こういう親近感はとても甘い気持ちを残す。
So fine! また来年も5人と会おう、絶対に!
はっ!?それとも計算上のユルさだったのかな。でもいいや、また今年も気持ち良く騙してくれた歓びがずっと胸んとこに存在しているから。
P.S.
SMAPが記号化する方向へのプラン(彼らの写真を使用せずデザイン化されたCDジャケットや、同デザインのドリンク発売、TV番組のタイトルに多用される「スマ」という言葉など)がここのところ続いているが、CDの中身は反対にストリングスたっぷりの、メロウでハートフルな方向に変化している。このままいくともしかしたら、逆手にとったアナログ版とか出たりして。アナログSMAP、ちょー希望♪
ただ、「Drink! Smap!」ジャケットやドリンクにプリントされている文字「Minna Nakayoku, Genkini Kyomo, Egaode, Ganbari masyo」というのは余計だと思ったけど。ちょっと気恥ずかしいし。たぶんそれも含めて確信犯なんだろうな。

Smap!Tour!2002!
価格:¥ 8,190(税込)
発売日:2003-03-05

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